三島由紀夫

       剣
            三島由紀夫

 黒胴の漆に、国分家の二葉竜胆(りんどう)の紋が光っている。
道場の窓から幅広くさし入る西日のなかに、国分次郎の藍の刺子(さしこ)の稽古着から飛び散る汗は、ちらちらと光って飛ぶ。
 彼の袴の脇からは、若いつややかな琥珀(こはく)いろの腿(もも)がほの見え、それが生動するさまは、全身をおおう防具と稽古着の下に、躍っている若い肉体を偲(しの)ばせる。
 すべては沈み黒ずんだ藍の、静けさを切り詰めたところに生まれるような動きである。
 道場へ入るとただちに彼の姿が目につく。彼の体のまわりにだけ一種の静けさがあって、構えが少しも乱れないからである。
 その構えは自然体を崩すことがなく、いつも美しい。どんなに烈しい動きの只中にも、動かない彼がいる。矢を放ったあとの弦のように、もとのはりつめて又自然な、のびやかな形に戻っている。
 左足は影のように右足に付き従い、高鳴る右の足踏みにつれて、あたかも白い波頭の押し寄せるような継ぎ足の足並みを見せている。
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※三島由紀夫は、私が高校三年生の時、自害して果てた。その辞世の句が
 「益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴りに幾とせ耐へて今日の初霜」
 「散るをいとふ世にも人にもさきがけて散るこそ花と吹く小夜嵐」
であった。
 自らも剣道をやっていた彼の文章には、経験者が知る剣道の本質が描かれている。その文章の切れ味は他の追随を許さない。

           平成29年1月3日 記