能面紹介(男面)

        
 


              邯鄲男(かんたんおとこ)
 邯鄲の主人公廬生(ろせい)は,人生の迷いについて楚の国に住む高僧に教えを請うために旅立つ。途中,邯鄲に着き,宿の主の貸してくれた枕をして寝ていると,勅使(ちょくし)が王位につくようにと迎えにくるという夢を見る。廬生は,天にも昇る気持ちになる。しかし,限りない栄華を極めた50年は,なんと宿の主人が粟飯(あわめし)を炊くわずかの間の夢にすぎなかった。廬生は,人生とは儚(はかな)い一炊の夢であると悟り得て帰国した。この面は,哲学青年らしく一抹(いちまつ)の懐疑的な憂愁(ゆうしゅう)も必要であり,夢さめて悟りに入った晴れ晴れとした相貌が要求される。

 

 
            

              中将(ちゅうじょう)
 中将という名称は,三位の中将在原業平(ありわらのなりひら)に由来するという。全体的な印象は,若い公達(きんだち)の面差しをもっていて、明るさよりもやや寂しさが勝っており,憂鬱(ゆううつ)そうな表情をしている。特徴は,眉に淡墨をはき,淡い髭(ひげ)を生やし,苦悩の相(窘蹙(きんしゅく)) がある。端正(たんせい)さ,剛毅(ごうき)さ,無骨(ぶこつ)さなどはない。造形的な要素としては,男面(おとこめん)というよりも女面(おんなめん)に共通するものが多い。修羅能(しゅらのう)の公達武者として使用される。

 

           

           平太(へいた
 この面は,鎌倉時代の武将梶原平三景時(かじわらへいぞうかげとき),源太景季(げんたかげすえ)親子の「平」と「太」の一文字ずつをとったという説がある。梶原平三景時は,和歌を たしなみ、神戸生田の森の合戦の折りに梅の花を箙(えびら)に挿して戦い,平家側からその風流を賞されたという話はよく知られている。
 歴戦の勇者らしく陽に焼けた顔は,代赭(たいしゃ)に塗られ,凛々(りり)しい眉毛にピンとはやした口ひげ,歯列も上下にしっかり並んで,いかにも中年らしい相貌である。生前の闘争の報いにより、修羅道の地獄に堕ちた武将の霊にこの面は使用される。いわゆる能の分類で「修羅物」という範疇である。

  

            

         十六中将(じゅうろくちゅうじょう)
 十六中将は,十六歳の若さで須磨の浦の露と消えた平敦盛(たいらのあつもり)の顔を描いたものである。優しい口元に歯列も上だけをお歯黒で染め, 眉も高眉(たかまゆ)に描き紅顔(こうがん)の美少年に仕立てている。  平敦盛の首をはねた熊谷次郎直実(くまがいのじろうなおざね)は,武者の鎧直垂を取って首を包もうして、錦の袋に入れてある笛を見付ける。それを源義経に見せたところ、その場にいる人は,皆,涙を流したという。後日,首をはねた人物が,平敦盛と分かった直実は,武士の空しさを悟り,その後出家して敦盛の菩提(ぼだい)を弔(とむら)うことになる。



            

         

            童 子(どうじ)
 中国,漢の文帝の臣下が勅命により,薬の水を訪ねてれっけんの山にやってくると,800年前,周の穆王(ぼくおう)に仕えていた少年が現れる。その少年は,王からいただいた枕に記された妙文を菊の葉に写し,それにたまる露を飲んで仙人となって、今に生きながらえているのである。少年といっても人間の普通の少年ではなく,永遠の若さを象徴する神仙の化現(けげん)であるゆえ,優雅で,かつ妖精的な神秘性が感じられなくてはならない。下唇に歯列のない優しい口元。目尻のややつり上がった美しい目は,高い位置に描 かれた新月形に湾曲した眉で囲まれている。


              

                猩々(しょうじょう
  中国での想像上の動物で、酒を嗜み酔っぱらって戯れる一種の妖精である。眉の描き方は特殊なもので、獣眉といわれる。