山崎淳一


◆退職10年目(令和4年度)
 
◇新緑(令和4年4月20日)
   新緑の色幾百や遠き山
    この時季は実に新緑が美しい。しかも緑と言っても一色ではない。 
 
◇生存確認(令和4年4月4日)
   桜咲く生きているかと妻が問う
     毎朝妻に生存確認をされている。「年年歳歳花あい似たり、歳歳年年
    人同じからず」である。退職10年目、確実に弱ってきている。正岡子
    規は「いちはつの花咲き出でてわが目には今年ばかりの春ゆかんとす」
    と詠み、己の命を見詰めていた。永遠の命はない。
 

◆退職9年目(令和3年度)
 
◇孫来たる(令和3年5月12日)
   孫来たる五月(さつき)の風の昼下がり
     現在孫が二人、8月にはもう一人増える予定だ。来ると穏やかな風
    ではなく嵐である。しかし、成長は楽しみだ。
          

◆退職7年目(令和元年度)
 ◇台風襲来(令和元年9月12日)
   柿折るる心に響く重さかな
     9月8日深夜から9日未明にかけて通り抜けた台風は、多くの爪痕
    を残した。我が家でも、1年間手塩にかけてきた柿の木が折られてし
    まった。後、10日ほどで収穫を迎えるはずの柿が多くやられてしま
    った。残念だが、自然の猛威には逆らえない。しかし、この異常気象
    は人間の作り出したものだとしたら、何らかの対策を早急に立てなけ
    ればならないだろう。

◆退職6年目(平成30年度)
 ◇初孫(平成31年2月23日)
   立春に生まれし孫の笑顔かな
     子どもは、国の希望であり将来だ。それなのに、虐待やネグレクト
    の報道が後を絶たない。先日も10歳の子が、実の父親に殺された。
    なんとも痛ましい事件である。防ぐ手立てはなかったのかと悔しい思
    いに駆られる。以前、緒形拳主演で「鬼畜」という映画を見たが、あ
    れも子殺しを主題にしたものだった。しかし、実行までは至っていな
    い。今、日本はどんな社会を迎えようとしているのだろうか。
 ◇初孫(平成31年2月21日)
   初孫や春立つ空に声響く
     平成31年2月4日(月)予定日より一週間遅れて、次男に男の子
    が誕生した。初産ということもあり遅れていて心配していたが、稽古
    から帰ると妻が生まれたと教えてくれた。翌日、妻とともに水戸の病
    院を訪ね労をねぎらった。私も爺になってしまった。  
 ◇高知の後輩から(平成30年12月29日)
   年の暮れ高知の米の重さかな
     高知で農業を営む後輩から、餅米が届いた。同じく農業に従事す
    る私には、その苦労が手に取るように分かるだけに、その米の重さ
    は何倍にも何十倍にも感じられた。高知と茨城、遠く離れていても
    心は通じている。
 ◇生存確認(平成30年11月27日)
   朝寒し命をはかる手の一つ
     冬になると妻が、私が生きているかどうか確認してくる。有限の命
    を生きているのである。
 ◇葡萄(平成30年8月5日)
   兼好の意に反するや葡萄棚

      吉田兼好は『徒然草(神無月の頃)』の中で、「木の葉にうづもるる
    かけひのしづくならでは、つゆおとなふものなし。閼伽棚(あかだな)
    に菊・紅葉など折り散らしたる、さすがに住む人のあればなるべし。
    かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに、かなたの庭に大きな
    る柑子の木の、枝もたわわになりたるが、まはりをきびしく囲ひたり
    しこそ、少しことさめてこの木なからましかばと覚えしか」と書いて
    いる。「まはりをきびしく囲ひたりしこそ」、その中に人間の欲や醜
    さを垣間見たのである。そのことを知っていながら、烏に狙われてい
    る葡萄棚に烏よけの綱を張ってしまった。しかも、何房か葡萄を食べ
    た烏を憎みすらしている。毎日、チェックするのが日課となっている。
    兼好がこの有様を見たら、どんな言葉を発したであろうか。

 ◇ベニスにて(平成30年10月9日)
   一筋の道歩みたり律の風
    ベニスのトニーさんは水田先生に教えを受けてから、27年間ひたす
   ら教えを守り精進を続けてきた。決して平坦な道ではなかったようだが、
   その姿勢に頭が下がる。稽古は厳しく、普段は和やかに、そんな道場の
   雰囲気にトニーさんの人柄を感じた。


◆退職5年目(平成29年度)
 ◇常の身(平成30年3月4日)
   常の身や心に刻む浅き春
    宮本武蔵は『五輪書』の中で「常の身を兵法の身とし、兵法の身を
   つねの身とする事肝要也」と書いている。つまり、体のもち方を平常
   は戦闘のようにして、戦闘の場合は平常のようにしろと言っているの
   である。もちろん心も同様である。剣道の時、体が固くなる我が身を
   戒める言葉だ。
 ◇味噌作り(平成30年2月24日)
   味噌の豆命を繋ぐ香りかな
     我が家では、長年にわたって義父母が味噌を作ってきた。しかし、
    寄る年波には勝てず何年か断念していた。作り置いた味噌も底をつ
    き、我々が始めて3年目を迎える。義父母は三食とも味噌汁がない
    と、食べ物が喉を通らない人である。まさに、命を繋ぐ味噌なのだ。
    大豆を植え収穫して煮ると表記するのは簡単だが、いざやってみる
    と大変だ。昔は臼に入れた大豆、麹、塩を杵(きね)で搗いたが今
    は機械だ。臼と杵から機械にかわったが、大豆の命をもらい我々の
    命を繋いでいることは同じだ。
     今年の味噌作りも二回目を迎えた。立ち上る湯気と一緒に、大豆
    の煮えるほのかな香りが漂う。これが本当の豊かさなのかもしれな
    い。
       
        平成30年2月24日撮影
 ◇人間ドック(平成30年2月20日)
   筋肉の量や四十路(よそじ)の寒明ける
     昨日人間ドックを受けてきた。金属疲労の極地に達している身とし
    ては結果はさんざんである。健康相談の中で、看護士さんが筋肉の量
    は40代でスポーツをやっている人と同じで、この年齢でこんな人見
    たことないとも驚愕していた。暗黒の中の灯火、幾つになっても誉め
    られるのは嬉しいものだ。俳句は中間切れ。
 ◇残された時間(平成30年2月6日)
   春立つや命の有無も膳の菜(さい) 
     限りある命を生きている身としては、常に念頭に置かなければならな
    いことだ。夫婦二人だけになり、そんな会話も増えてきた。
 
◇英会話(平成30年2月4日)
   冬の日や一万時間英会話
     茨城県剣道道場連盟主催の講習会に参加した折り、講師の豊村先生が
    「何事も一万時間を費やせば、一角の人間になり人的鉱脈広がる」とお
    話をされていた。一万時間とは、8時間×5日(1週のうち)×5年間
    となるそうだ。普段、あまりにも会話が少なく言葉を忘れてしまうので
    英会話を始めた。ボケ防止である。この5年間堕落しきった生活をして
    きた脳みそは、その変化に対応できず沸騰しそうである。一万時間に照
    らし合わせて考えてみると、退職時から始めれば今頃、英語を自由に操
    っていたかもしれない。何事も思い通りにいかないのが世の常である。
 ◇行く末を考えて(平成30年1月26日)
   行く末を膳に載せたる霜夜かな
     二人の子どもが結婚し、三人全員が家を出た。夫婦二人だけの生活
    になり、食事時にこれからの生活が話題になる。義父母も高齢になり、
    為すべきことは多い。  
 
◇喪中の知らせ(平成29年11月24日)
   あの人も旅立つ知らせまだら霜
     多くの「喪中」の知らせが舞い込んできている。いつもの景色なが
    らそうなのかと重い気持ちになってしまう。そういう自分も、同じ知
    らせを投函した。
      吉田兼好の『徒然草』の中にも「あだし野の露消ゆる時なく、鳥部
    山の煙立ち去らでのみ住み果つる習ひならば、いかにもののあはれも
    なからん。世は定めなきこそいみじけれ」とある。
 ◇弟逝く(平成29年11月9日)
   はらからの命果てたり冬の月
     癌に倒れた弟が逝った。寂しい生涯であった。
 ◇生存確認(平成29年10月16日)
   幾たびの生存確認秋の朝
     息をしているかと妻が生存確認をしている。少しずつ人生の黄昏
    が進んでいる。
 ◇新米食す(平成29年9月25日)
   一年の感謝を込めて今年米
     丹精込めた稲の収穫が終わった。新米を食べるられるのも、こ
    の一年健康で働くことができたからだ。そのことを感謝したい。
 
◇後片付け(平成29年4月1日)
   断捨離の進まぬ母と桜かな
     義母は物が捨てられない。物を大切にする気持ちは理解できる
    が、その姿は尋常ではない。物置から古い下駄箱が出てきたので
    捨てようとしたら、「嫁にくるとき持ってきたんだから捨てない
    でくれや」と言う。私は、間髪(かんはつ)を入れず「今度嫁に
    いくとき持っていくのかな」と皮肉を言った。仲人はお坊さんに
    ちがいない。このような鬩(せめ)ぎ合いが日々続いている。
    それにつけても、桜は潔い。かくありたいものだ。
 

◆退職4年目(平成28年度)
 ◇長男の転職(平成29年3月27日)
    子も同じ道を辿るや初桜
      長男が以前勤めていた会社を退職して、この一年自分の夢に
     向かって頑張っていた。親は金銭的な援助と陰ながら応援する
     ことぐらいしかできなかった。しかし、それは私が辿った道で
     もあった。いつの日か、彼の操縦するヘリコプターに搭乗させ
     てくれるだろうと期待はしている。
 
◇筍の収穫(平成29年3月20日)
    四季巡る初筍のかおりかな
      筍を2本掘り出した。まだ地中深く潜んでいる筍を掘り出す
     のには難渋したが、季節は確実に変わっていっていることを確
     認できた瞬間でもあった。筍御飯、味噌汁、自然の恵みに感謝
     して食した。
 ◇九州旅行(平成29年2月9~11日)
    春浅し島津の御代(みよ)の武家屋敷
       江戸時代、薩摩藩は領地を外城(とじょう)と呼ばれる地区
      (113)に分け地頭や領主の屋敷である御仮屋(おかりや)
      を中心に麓(ふもと)と呼ばれる武家集落を作り統治に当たら
      せた。その代表的なものが知覧の武家屋敷である。人々が何代
      にもわたって守ってきたのであろう。雪が舞う極寒の日であっ
      た。
         
          
 知覧の武家屋敷群
    幾筋も湯煙(ゆけむり)高し春吹雪
       霧島温泉を訪ねた一日は目まぐるしく天気が変わった。温泉
      に着くと雪が本格的に降り始めた。しかし、幾筋も立ち上る湯
      煙は旅情をかき立てた。九州への旅行は、東北地方へのそれか
      と見まごうばかりであった。雪のため九州自動車道は一部不通
      となり、結局、宮崎高千穂峡への行路は断念せざるをえなかっ
      た。
         
         
雪の中幾筋もの湯煙を上げる霧島温泉郷
 ◇亡友の一周忌(平成29年2月3日)
    冬の風波濤(はとう)逆巻く大洗
       昨日、大洗の亡友の家を訪れた。癌で逝ってから1年が経つ。
      50年近い絆は、断ち切られてしまった。強風のため海は荒れ、
      岩頭に烈しく波が打ち寄せていた。千々に乱れる私の心と同様
      であった。
 ◇妻の生存確認(平成29年1月24日)
    生きていると妻問いかける寒さかな
       このところ妻が、寝ている時「生きている」と問いかけるよ
      うになった。どうも生存確認をしているらしい。しみじみと老
      いることの大変さを感じるようになってきた。
 ◇高知の後輩から(平成29年1月22日)
    送られし米のおもさや春隣(はるとなり)
       昨年、大学の後輩たちと四国を訪ねた。高知に住む後輩には
      40数年ぶりに会った。重ねた年月はあったが、大学時代にタ
      イムスリップするのに時間はいらなかった。その彼から自ら作
      ったという米や餅米が送られてきた。同じく農業に従事する私
      はその大変さが分かるゆえに有り難かった。米は心に響く重さ
      であった。
 ◇国立能楽堂からの帰宅(平成29年1月15日)
    
譲られし席に埋もるる大寒波
       
国立能楽堂に行った帰りの総武線で、女の子に席を譲られた。
      驚きと喜びと落胆と、様々な感情が交錯して座席の中に心身と
      もに埋もれていた。全国的に大寒波の一日であった。
    増女(ぞうおんな)羽衣まとい冬の空
       謡曲「羽衣」に使われた能面は「増女」であった。気品のあ
      る面差しが、幽玄の世界に誘っていた。羽衣を返却されたシテ
      が、天高く去っていった。
 
◇能面打ち(平成29年1月14日)
    湯気立つや南部鉄瓶北颪(おろし)
       面打ち工房に昔ながらのストーブを置いている。乗せられた
      南部鉄瓶から立ち上る湯気はほのぼのとして寒さをやわらげる。
      能面に対峙する心に、しゅるしゅるという音だけが届く。今季
      最大の寒波がやってきた。 
 ◇田起こし(平成29年1月12日)
    鳥たちも筑波颪(おろし)の中にあり
       田起こしをしていると、多くの鳥が虫を食べるために群がっ
      てくる。食料の乏しい厳冬期、鳥たちも生きるために必死なの
      だ。トラクターが田を耕せば、虫を捕えられると学習してきた
      のだろう。写真を撮ろうとトラクターを止めると鳥たちが飛び
      立ってしまう。当初、不思議に思ったが、耕している時と止ま
      っている時とでは、エンジン音が違うことに気が付いた。筑波
      颪の厳しい一日であった。
 ◇七草(平成29年1月7日)
    七草や胃に沁み渡る粥の味 
      正月料理に飽きた胃には粥の味が優しい。
      夏目漱石は大吐血して絶食した。その後、出された粥を食して
     「腸(はらわた)に春滴(したた)るや粥の味」と作っている。 
 ◇お正月(平成29年1月3日)
    自立せし子の帰えりゆく年始め
      久しぶりに長男が4泊して帰っていった。見送る親の心とは、
     このようなものかとこの頃感ずるようになった。
 ◇元旦(平成29年1月1日)
    元旦や土に生きると誓う朝
      すっかり農業が身に付いてきた。土から恵みを受けできたも
     のを食して生をつなぐ。本来あるべき人間の姿だ。そして、最
     終的には土に帰ってゆく。
 ◇4回目の味噌作り(平成28年12月29日)
    
来し方が心に巡る味噌仕込み
      第4回目の味噌作りが始まった。立ち上がる焔はゆらゆらとし
     て、穏やかな時間が流れていく。その中に、己の来し方が去来す
     る。まだ、太陽は昇っていない。
       
     
 平成28年12月29日の朝焼け(自宅にて)
 ◇夏目漱石死後100年(平成28年12月9日)
    夢十夜心におきて漱石忌
      漱石が亡くなって100年が経った。その功績は今でも燦然と輝
     いている。作品に『夢十夜』がある。その中の第六夜は、鎌倉時代
     の運慶の話である。面を作る身として、その内容を常に心掛けてい
     る。
 ◇高校剣道部の1年後輩逝く(平成28年11月24日)
    生と死が隣り合わせや冬の朝
      旅行中、京都のホテルで心筋梗塞で亡くなったという。生きとし
     生けるもの全てが、生と死が隣り合わせになっているのである。
 ◇水田先生剣道範士受称記念祝賀会(平成28年9月25日)
    秋空を抱(いだ)きて今日の宴(うたげ)かな
 ◇帯状疱疹の痛み抜けず(平成28年6月23日)
    寝返りの腕の重さや入梅湿り(つゆじめり)
      年齢を重ねるということは、こんなことかと改めて感じている
 ◇帯状疱疹に苦しむ(平成28年6月15日)
    梅雨寒し薬師如来の薬坪
      退職して4年目。毎年ケガや病気に見舞われる。今年は帯状疱疹
     だ。その疼痛に辟易している。四国香川の訪れた寺に薬師如来があ
     った。その手元には、薬坪がある。あの薬は、きっとどんなケガや
     病気にも効くであろうと思うと、おもわず手を合わせてしまった。 
 ◇熊本大地震(平成28年4月14日)
    春の日の暮らしを阻む大地震
      熊本で大地震があり、震度7ということだ。5年前のあの地震を
     思い出した。一日も早い復興を願うばかりだ。

◆退職4年目(平成27年度)
 ◇荼毘に付される(平成28年2月6日)
    春浅し燃えゆく友に手を合わせ
 ◇友逝く(平成28年2月3日)
     また一人友逝く聞くや冬の朝
     友逝くや心に響く虎落笛(もがりぶえ) 
       高校時代の剣道部の同期が、また亡くなった。一人一人欠けて
      いく。生きとし生けるものの宿命か。 
 ◇南紀・伊勢神宮旅行(平成28年1月27日~29日)
     雪白し高野(こうや)の山の懺悔(ざんげ)かな
     光圀へ心を寄せる冬木立
       高野山は降り積もった雪で真っ白であった。数知れない
墓石が
      苔むしていた。『梅里(ばいり)先生碑陰ならびに銘』に「嗚呼
      骨肉は天命終る所の處(ところ)に委せ、水には則ち魚鼈(ぎょ
      べつ)に施し山には則ち禽獣(きんじゅう)に飽かしめん。何
      (なん)ぞ劉伶(りゅうれい)の鍤(すき)を用ひんや。」とあ
      る。徳川光圀の考え方からすれば、墓石は不要だ。
     厳冬や飛流直下(ひりゅうちょっか)の那智の瀧
     寒の雨心を辿(たど)る伊勢参り

   
   
 高野山                那智の瀧
 ◇上腕二頭筋断裂(平成28年1月22日)
     疼痛の果てることなし冬の月
      断裂した部位の痛みがなかなか消えない。自分を過信して
     いた。
 ◇味噌作り(平成28年1月11日)
     ふくよかな大豆香るや味噌作り
       自分で作った大豆を大釜で煮ると香しいにおいが漂ってき
      た。口にしてみると柔らかく自然の恵みの味であった。国産
      とは、こんなに味がいいものかと改めて感動を覚えた。
 ◇長男門出(平成28年1月10日)
     冬の日や旅立つ子らに祝い膳
 ◇お正月(平成28年1月1日)
     三年の時のおもさや年始め
 ◇ 小晦日(こつごもり)の餅つき(平成27年12月30日)
      竈(かまど)前揺(ゆ)れる焔や餅をつく
        恒例の餅つきの日を迎えた。私の役割は、竈の火をた絶やさ
       ないことである。倒した木から薪を作り、その用意は怠らない。
       揺らぐ焔を見詰めながら、今年一年を振り返った。
 ◇また1年が終わっていく(平成27年12月15日)
     執着を断てぬ我あり冬の月
 ◇柿の収穫終わる(平成27年11月24日)
     木守りに照り輝くや山落暉(らっき) 
        柿を収穫する時、すべてを採るのではなく1つだけ実を残す
       習わしがある。それは、来年の実りを願うため、鳥に与えるた
       め、旅人の喉を潤すためなどの意味合いがある。季語は「木
       守り」、冬である。
               
                  
 柿の原種「禅寺丸」
 ◇稲刈り続く(平成27年9月21日)
     丹田に力を入れて稲を刈る
        剣道祭の後、帰宅して稲刈り。シニア大会後、帰宅して稲刈
       り。天候不順のため稲刈りもままならず。常住坐臥、剣道の技
       量向上のために工夫している。稲刈りも例外ではない。丹田に
       力を入れることは大切なため、コンバインのハンドルを持ちな
       がらの鍛錬だ。
 ◇茨城大災害(平成27年9月10日)
     野分けゆく爪痕深し大禍かな
        鬼怒川が決壊し、常総市は大災害にみまわれた。目を覆うば
       かりの光景を見て、改めて自然の脅威を実感した。一日も早い
       復興を願うばかりである。
 ◇スイス旅行(平成27年8月22日~29日)
     秋の雨地の底までも氷河かな
     山肌の氷河も流る秋時雨
        フランスシャモニーのモンタベール展望台は、秋の雨に祟ら
       れてしまった。しかし、登山電車は圧巻であった。400段の階
       段を下りた氷河はまさに地の底、年代ごとに表記された氷河
       の溶解は、まさに温暖化の象徴であった。エギーユ・デュ・ミデ
       ィの展望台(3842m)は、雨のため断念した。
         
       
モンタベール展望台からの眺め     氷河に下りる400段の階段
     雲切れて一望千里秋暑かな
     秋気澄むマッターホルン雲もなし
     無我に入るマッターホルン望む秋
     アルプスの山々白し秋の空
     四千の山々鎮座秋暑し
        ツェルマットは、ガソリン車を排除して電気自動車だけを走ら
       せている。マッターホルン(4478m)に憧れるアルピニスト
       の聖地でもある。登山電車、ゴンドラ、ロープウエイなど展
       望台にいく手段もエキサイティングである。特にマッターホル
       ン・グレッシャー・パラダイス(3883mにある展望台)まで
       40分で駆け上がっていくのは、刺激的であった。そこは、
       まさに360度の眺めだ。 
              
        逆さマッターホルン絵葉書の如し       ゴルナグラード展望台から見る4千m以上の山々
       
  マッターホルン・グレッシャー・パラダイス(3883m)          クライン・マッターホルンのロープウエイ
     秋暑し切り込む谷に人家あり
     秋涼し幾つ峠の景色かな
        スイスには、山を越える多くの峠がある。そのいずれもが
      生活に密着している。ヌフェネン峠は、気温11度、まさに「秋
      涼し」であったが、ベリンツォーナは気温28度で「秋暑し」であ
      った。
       
        
 谷の合間に人家がある     ヌフェネン峠からの眺め
 
 ◇北海道(礼文島・利尻島)旅行(平成27年8月17日~19日)
     残暑さえ知らぬ蝦夷地の稚内
     秋立つや礼文利尻の海騒ぐ
     秋涼し遙かに仰ぐ利尻富士
  
   桃岩や野分けの如し風走る
       利尻富士変える姿や秋初め
        
        
 礼文島から見た利尻富士     
  ◇魂送り(平成27年8月15日)
     門々に送り火揺れる闇の中
  ◇新盆(平成27年8月14日)
     新盆や遺影に捧ぐ句のありて
  ◇お盆(平成27年8月13日~15日)
     一年の埃を払う盆会(ぼんえ)かな
  ◇立秋(平成27年8月8日)
     立秋の風を背に受け野良仕事
     水管理重ねて今日の稲穂かな
  ◇蝉時雨(平成27年8月4日)
     時刻む命を燃やす蝉時雨
  ◇猛暑日続く(平成27年8月2日)
     猛暑日もなにものかはと剣を振る
  ◇庭の除草(平成27年7月29日)
     一本の草も許さぬ夏未明(なつみめい)
  ◇夏祭り(平成27年7月25日~26日)
     夏祭り肩に食い込む重さかな
  ◇糠漬け(平成27年7月25日)
     色と香に食も進むや茄子漬(なすびづけ)
  ◇大暑(平成27年7月23日)
     三年の時が過ぎゆく大暑かな
  ◇真夏日続く(平成27年7月13日)
     大の字に誰に遠慮の午睡(ごすい)かな
  ◇梅雨後半(平成27年7月9日)
     送り梅雨香典返しは俳句本
 
 ◇梅ジュース完成(平成27年7月8日)
       心まで潤す梅の香りかな
   ◇大阪・京都旅行(平成27年6月26日~29日)
       夏の日や出船入り船港あり
     夏の風何を憤怒の力士像
     御所近し京の風情や鱧(はも)の味
     木々深し涼風走る多宝塔
  
   青葉闇(あおばやみ)無縁仏や鐘の音
             
                     化野 念仏寺
       青空に冴える白さや半夏生(はんげしょう)
   
      
            天龍寺の半夏生           紐状のものが花
 ◇北海道旅行(平成27年6月14日~16日)
     夏の雨北の最果て女満別(めまんべつ)
     薄紅の浜茄子(はまなす)香るオホーツク
     潮かおる北の浜辺のエゾキスゲ
     駅札に心正すや夏の風
 
    知床や連山隠す海の霧
      木々を裂くオシンコシンの瀑布かな
      神為(な)せる滝の白さや空の青 
            
           
 知床カムイワッカの滝     知床オシンコシンの滝
       噴煙やエゾイソツツジ湯の流れ
 
   
  北欧に負けぬ大地の白夜(びゃくや)かな
      一塊の霧なし神のカムイトウ
      夏の雲カムイヌプリと水に写つ
               
             
摩周湖の鏡のような水面が、雲と摩周山を写す。
  ◇梅雨時(平成27年6月8日)
      野良仕事一時(ひととき)忘る迎え梅雨
  ◇能面作成も剣道・居合道もまだまだ未熟だ(平成27年6月1日)
     途(みち)半(なか)ば能面武道夏の空 
  ◇小麦が金色に色付いている(平成27年6月1日)
      麦の秋輝く畑(はた)の実りかな
 ◇水田の水の管理(平成27年5月28日)
     日本の食を支える水守り
 ◇柿の摘蕾始まる(平成27年5月13日)
     二つ三つ手(た)折ったままに柿の花
     柿若葉(かきわかば)雄花雌花の禅寺丸(ぜんじまる)
 ◇田植え始まる(平成27年5月8日~15日)
     岳父(がくふ)との意見が合わぬ田植えかな
     立人(たちうど)の声を背にして歩を進む
      失敗も心の糧と代(しろ)を掻(か)く
     早苗挿す手にも頬にも山颪(やまおろし)

      捨て苗や緑残して石の上
  ◇能面の先生亡くなる(平成27年4月21日)
      能面の師匠逝くなり春嵐(はるあらし) 
      ゆく春や故人の遺作小牛尉(こうしじょう)
 ◇能「蝉丸」を国立能楽堂で観て(平成27年4月5日)
     蝉丸や親を怨まず春の雨

  ◇「りんご(犬)」逝く(平成27年4月3日)
     桜咲く主(しゅ)なき犬小屋音もせず
     湯灌(ゆかん)せし冷たき体に桜散る



◆退職2年目(平成26年度)
 ◇北欧三ケ国旅行(平成26年8月22日~28日)
     天を衝く岩に家あり秋の風     
     フィヨルドへ秋気切り裂く流れかな 
         
 
 大型クルーズ船も寄港するノルウェーのフィヨルド、深い所で1300メートルもある
 ◇従兄弟逝く
     従兄弟逝く吾もゆく道秋の暮れ           
     時過ぎて仏となるや初時雨
 ◇五島列島旅行(平成26年11月1日~3日)
     摩滅せし踏み絵や黙す秋時雨
     晩秋や海たおやかに大瀬崎
    
       
堂崎教会          大瀬崎
 ◇ドイツ旅行(平成26年12月25日~30日)
    雪時雨古城を望む橋の上
    薄明かり古城も山も初霰(はつあられ)
    雪深し募る思いや道遙(はる)か
    小晦日(こつごもり)ドイツ料理に舌鼓
    
 
灯りに照らされる雪のハイデルベルク城  雪のヴュルツブルク
 ◇普段の生活より
    父母(ちちはは)の老いひたひたと今年米
    終活や思いを煙(けむ)に年の空
    我欲捨て意欲も消える寒月夜             
    冬の雨その人二十歳今もなお

    教え子や大晦日(おおつごもり)の旅支度
    行く末と来し方思う年始め
    退職す二年の冬を生きてゆく
    流れゆく時速やかに春の暮れ


◆退職1年目(平成25年度)
 ◇イタリア旅行(平成25年12月22日~29日)
    クリスマスシエナの街も石畳
    年の瀬の時緩やかにシエナかな
    アルノ川煉瓦映して去年今年(こぞことし)
    年の暮れサンタマリアの鐘響く
    傾くやピサに塔あり年の空
    メディチ家の栄華はるかに今年ゆく
   
  世界遺産シエナ           芸術の街フィレンツェ
 ◇退職して一年経過(平成26年3月31日)
    春立つやこの一年を振り返る


◆上佐谷小学校在職中(平成22年度~24年度)
 ◇学校生活から
    雪入のせせらぎきくや畦の春
    万緑や在所苔むす石の塔 
    頬に伝ふ風やはらかに田植へかな    
    幾重にも続く青田や里住まい
    浅間(せんげん)の峰に届けと青田かな 
    合歓の花密かに咲いて子を見詰め 
    山々に雲垂れ込めて走り梅雨      
    子どもらが濡れはしゃぐなり青時雨 
    山本の樹々たおやかに青嵐(あおあらし)    
    神宿る老松偲ぶ麦の秋 
    五輪塔幾たび巡る薄暑かな 
    蚕飼う夏の初めの命かな 
    山水にいざなう里の夏霞 
    老松の姿とどめん夏の雨
    里山や涼風走る昼下がり
    里山に稲の香満ちて雨上がる
    せせらぎと光と闇の蛍狩り 
    幾筋も光流れて蛍狩り 
    濃き淡き一糸乱れぬ稲穂かな
    秋気澄む天に届けと撥(ばち)さばき
 ◇北海道旅行(平成24年7月22日~23日)
    夏の風受けて飛び出すラージヒル
    大空へドーム静かに大暑かな

       
       北海道 大倉山シャンテ         札幌ドーム
  ◇東京職員旅行、新宿(平成24年7月29日) 
    来し方や思いを寄せる夏の日々    

  ◇広島 呉・厳島神社(平成24年8月23日~24日)
    暮れなずむ港船在り秋暑かな
    海の青一日処暑の景色かな
    
    
広島   呉港      海上自衛隊くれ資料館「てつのくじら館」
    秋初め風波の調べ能舞台
    風騒ぐ秋の宮島能舞台
    檜皮葺重ねて処暑の能舞台
    秋の空朱塗り鳥居の厳島
     
   
  厳島神社 能舞台          鳥居
 ◇八尾(風の盆) にて(平成24年9月1日~2日)
    辻々の灯りほのかに風の盆
    石畳踊る編み笠残暑かな      
    垣間見る襟足ほつれ秋暑し
    坂の街調べ流れて秋の雨
    編み笠や白肌光る風の盆
    哀愁を誘う胡弓や風の盆
     
   
          富山県八尾市風の盆  


◆カナダにて(平成14年9月27~10月4日)
   アスペンの山々燃えて秋闌(た)ける
   来し方を覚ますや秋のレイクルイーズ
   ロッキーの山が粧うビックヒル
   ボーリバー伝説秘めて秋時雨
         
 
           アサバスカ氷河       サンワプタ峠からの景観 
                     下を走るのはアイスフィールド・パークウェイ 



◆平成13年度以前
   春の雪神秘の沼に落ちにけり
   三百の湖沼眠らせ春の雪
   磐梯を覆い隠すや春の雪
   やわらかな風に吹かれて山桜
   百年の歴史を刻む芽吹き時
   菊膾(きくなます)十年(ととせ)の時の重さかな
   秋十年(あきととせ)田舎教師の重さかな
   赤き実を守るや里の鳥威し
   ゆく秋や髭剃り残し四十過ぎ
   行く末を契る夕べや酉の市
   大根の肌つややかに軒の下
   寝返りも打てぬ師走や侘び住まい
   子規のごと寝返り打てぬ寒さかな
   書を閉じて未熟を悟る夜寒かな
   刻まれし墓碑銘哀れ秋の雨
   行き過ぎし時を数へて墓参り
   オランダへ香り届けよ梅の花
   筑波嶺へ続く青田や子ども連れ
   青空に白き筑波や冬の朝
   冬の日や筑波にかかる雲一つ
   峰々が雪を抱くや筑波山
   筑波嶺を紅に焦がすや秋の暮れ
   筑波嶺を焦がす光や雲もなし
   無花果や屹立筑波と比べ見て
   夕映えに燃える筑波や刈田原
   ゆく秋や筑波と刈田向かい合ふ
   ゆく秋や古代を偲ぶ筑波峰
   極月や己ばかりを責めており
   風評をなにものかはと山眠る
   超然と己誇示する寒昴(かんすばる)
   枝々が雪に埋もれていろは坂
   喧噪と期待が混じる雪の中
   手を延ばし手を延ばしつつ百目柿
   実紫一輪挿しに楚々として
   秋茄子や諺説いてしたり顔
   秋茄子や風ものかはと花一つ
   秋茄子の忘れ去られし軒の下
   先達の歴史を辿る那須の秋
   通草(あせび)熟れ噴煙流る茶臼岳(ちゃうすだけ)
   那須岳や岩突き抜けと夏の風
   夏の日や笹舟流す那須湯本
   夏の宵せせらぎ聞きて湯殿かな
   宗高(むねたか)が祈りし神や岩清水
   岩肌や涼風嬉し牛ヶ首
   竜胆(りんどう)や砂礫(されき)の中の佇まい
   鶺鴒(せきれい)を凌ぎて飛びし竹刀かな
   竹刀振る吾も闘う文化の日
   文化の日竹刀携え観戦記
   皹(あかぎれ)の手をいたわれり風呂の中
   憂国忌平凡の日々流れけり
   自刃せし若き命や山桜
   赤貧の時を過ごせし囲炉裏かな
   団欒が貧しさ包む大炉かな
   南天の実は鮮やかに塀の外
   おでん食(た)ぶ子らの話はきりもなや
   子どもらの寝息高しや夜の秋
   うずもれて車すべらす蓮田かな
   さくさくと踏む音聞くや霜柱
   グランドに響く歓声霜雫
   麦の芽や声弾ませる通学路
   麦秋や可憐な花も色を添え
   青冴えて垣根にこぼる手鞠花(てまりばな)
   心して手折(たお)る四葩(よひら)や雨の中
   夏茱萸(なつぐみ)やほのかに渋し伯母の家
   昔日の思い巡るや俵茱萸(たわらぐみ)
   懐かしや帽子に摘みし木苺の