峠 三吉

  原爆詩集(序
            峠三吉

  ちちをかえせ ははをかえせ
  としよりをかえせ
  こどもをかえせ

  わたしをかえせ わたしにつながる
  にんげんをかえせ

  にんげんの にんげんのよのあるかぎり
  くずれぬへいわを
  へいわをかえせ

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※人として平凡な生活を営む権利を誰が奪うことができようか。それを奪う戦争とはなんと愚かな行為ではないか。この詩を読むと、人間としての尊厳が略奪されたことが分かる。心からの叫びが聞こえる。
 8月6日は、広島に原子力爆弾が投下された日である。語り部の高齢者にともない、その数を年々減らしているという。ある時、その中の一人が、横浜から来た修学旅行の中学生に「死に損ない」という罵声を浴びせられた。多くの人たちが犠牲になり、生存した人たちもその後、長く原爆症で苦しい生活を余儀なくさせられた。苦渋に満ちた人生を歩み、原子爆弾の愚かさを伝えようとするその生き方に対して、「死に損ない」という言葉を浴びせる中学生がいたということに、憤慨するというかとても悲しくなった。これは教育の敗北にほかならない。教育界だけではなく、社会全体で考えなくてはならないことだ。どんなことでも許される社会などあり得ない。
 昨日、ノルウェーのオスロで「ICAN」がノーベル平和賞を受賞した。13歳で被爆したサーロー節子氏の講演の中で、「溶けた肉の塊」という言葉があった。まさに人間としての尊厳を奪われた死であった。原爆の悲惨さを風化させてはならない。核兵器禁止条約を各国が批准したのに、日本は棄権している。たった一つの被爆国として、真っ先に締結しなければならなかったはずだ。それが日本の立つ位置ではないのか。
         平成29年12月12日 記       



  原爆詩集
            峠三吉
   八月六日

  あの閃光が忘れえようか
  瞬時に街頭の三万は消え
  圧おしつぶされた暗闇の底で
  五万の悲鳴は絶え

  渦巻くきいろい煙がうすれると
  ビルディングは裂さけ、橋は崩れ
  満員電車はそのまま焦げ
  涯しない瓦礫(がれき)と燃えさしの堆積であった広島
  やがてボロ切れのような皮膚を垂れた
  両手を胸に
  くずれた脳漿(のうしょう)を踏み
  焼け焦げた布を腰にまとって
  泣きながら群れ歩いた裸体の行列

  石地蔵のように散乱した練兵場の屍体
  つながれた筏(いかだ)へ這(は)いより折り重った河岸の群も
  灼(や)けつく日ざしの下でしだいに屍体とかわり
  夕空をつく火光(かこう)の中に
  下敷きのまま生きていた母や弟の町のあたりも
  焼けうつり

  兵器廠(へいきしょう)の床の糞尿(ふんにょう)のうえに
  のがれ横たわった女学生らの
  太鼓腹の、片眼つぶれの、半身あかむけの、丸坊主の
  誰がたれとも分らぬ一群の上に朝日がさせば
  すでに動くものもなく
  異臭のよどんだなかで
  金ダライにとぶ蠅の羽音だけ

  三十万の全市をしめた
  あの静寂が忘れえようか
  そのしずけさの中で
  帰らなかった妻や子のしろい眼窩(がんか)が
  俺たちの心魂をたち割って
  込めたねがいを
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※この戦争の悲惨さを、すべての人が忘れてはならない。その現実から目を背けてはならない。広島平和記念資料館を訪れなければならない。今、日本は大丈夫だろうか。戦争への道を歩んではいないか。 
       平成28年8月12日 記