杜 甫   

 春望 
           唐   杜甫           

  国破れて山河在り
  城春にして草木深し
  時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ
  別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
  烽火(ほうか)三月(さんげつ)に連なり
  家書(かしょ)萬金に抵(あた)る
  白頭掻(か)けば更に短く
  渾べて簪(しん)に勝(た)へざらんと欲す
          
【口語訳】
 
長安の都は、戦乱のために破壊されてしまったが、山や河は昔どおりに残っている。この城内は春になっても、草木が深く生い茂っているのみで、人陰すら見えない。自分は戦乱の時節に感じて、普通なら喜ぶはずなのに、かえって花を見ては涙をはらはらと流してしまう。家族との別れを恨み悲しんで、楽しかるべき鳥の声にも心を驚かされる。戦火は三ヶ月もの長い間続き、なかなか来ない家族からの手紙は、万金にも相当する。自分の白髪頭をかくと、髪も短くなってしまい、冠をとめるかんざしも挿せないほどになってしまった。
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※この作品は、中学校の教科書に掲載されていて、人口に膾炙している。「国破れて山河在り」は、自然と浮かぶ句である。「三月」は、「さんげつ」と読めば長い間という意味、「さんがつ」と読めば、春三月という意味で、二通りある。
           平成27年4月25日 記



   曲江(きょくこう)
           杜甫

朝(ちょう)より回(かえ)りて日日に春衣(しゅんい)を典(てん)し
毎日江頭(こうとう)に酔を尽くして帰る
酒債(しゅさい)は尋常 行く処(ところ)に有り
人生七十 古来稀(まれ)なり
花を穿(うが)つキョウ蝶 深深として見え
水に点ずる蜻テイ(せいてい)款款(かんかん)として飛ぶ
伝語す風光共に流転(るてん)す
暫時(ざんじ)相賞して相違(たが)う莫(なか)れと

【口語訳】
 毎日朝廷の仕事が終わると春着を質屋に入れ、その金で曲江のほとりで酩酊するまで飲んで帰ってくる。飲み代のツケはほうぼうにあるが、かまうものか。どうせ七十歳まで生きられることは稀なのだ。花の蜜を吸うアゲハチョウが花々の奥深くに見え、トンボは水に尾を点々と触れながらゆるやかに飛んでいく。この素晴らしい景色に対し、言いたい。すべて自然は移り変わっていく。だからほんのしばらくでもいい。お互いに賞して、背きあうことがないようにしよう。
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※古稀とは、まさにこの「人生七十 古来稀なり」からきている。還暦を過ぎ、この言葉の重みが分かってきた。
60歳  還暦  (かんれき)  
  一巡して自分の干支に戻る年。
70歳  古稀  (こき)
  杜甫の「典江」の「人生七十古来稀なり」に由来。
77歳  喜寿  (きじゅ)
  喜の字の草書体「七七」が七十七に通じるところから。
80歳  傘寿 (さんじゅ)
  傘の略字が八十と読めるところから。
88歳  米寿 (べいじゅ) 
  「米」という漢字を分解すると八十八になることから。
90歳  卒寿 (そつじゅ)
  「卒」の略字は「卆」と書き、九十と読めることから。
          平成27年4月8日 記



  絶句
           唐 杜甫

江は碧(みどり)にして鳥はいよいよ白く
山青くして花燃えんと欲す
今春みすみすまた過ぐ
何れの日にか是れ帰年ならん
          (五言絶句)
【口語訳】
 河は深緑にすみわたり、鳥は白く見える。山は青々と茂り花は燃えるように真っ赤だ。今年の春も見る間に過ぎてしまった。いつになったら故郷に戻れる時が来るのだろう。
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※官吏登用試験(科挙)に合格できず各地を放浪する。44歳の時に就職活動が実を結び、下級の官に就く。しかし、その後、政変にあい妻子を連れて流浪の旅に出るなど苦労の多い人生であった。明るい晩春の景色の中で、一人ぽつねんと悲しみに打ちひしがれて佇む作者の姿が想像できる詩である。
         平成27年1月30日 記