谷川俊太郎

     春に
            谷川俊太郎

  この気もちはなんだろう
  目に見えないエネルギーの流れが
  大地からあしのうらを伝わって
  ぼくの腹へ胸へそうしてのどへ
  声にならないさけびとなってこみあげる
  この気もちはなんだろう
  枝の先のふくらんだ新芽が心をつつく
  よろこびだ しかしかなしみでもある
  いらだちだ しかもやすらぎがある
  あこがれだ そしていかりがかくれている
  心のダムにせきとめられ
  よどみ渦まきせめぎあい
  いまあふれようとする
  この気もちはなんだろう
  あの空の青に手をひたしたい
  まだ会ったことのないすべての人と
  会ってみたい話してみたい
  あしたとあさってが一度にくるといい
  ぼくはもどかしい
  地平線のかなたへと歩きつづけたい
  そのくせこの草の上でじっとしていたい
  大声でだれかを呼びたい
  そのくせひとりで黙っていたい
  この気もちはなんだろう
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※春は別離と邂逅(かいこう)を繰り返す。様々な人間模様の中で、心は揺れ動く。自然の摂理が、それに拍車をかける。かつて、私の心も詩のようであった。
         平成28年3月22日 記


   かなしみ
              谷川俊太郎
  
  あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
  何かとんでもないおとし物を
  僕はしてきてしまったらしい
  透明な過去の駅で
  遺失物係の前に立ったら
  僕は余計に悲しくなってしまった
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※読むたびに悲しくなるが、また読みたくなる、そんな詩である。落としてきたものはいったい何だろう。人間は、常に落とし物をしながら過去という時間を積み上げていくのだ。
           平成27年9月19日 記


   かなしみはあたらしい 
             谷川俊太郎

  わたしたちのかおから
  めをそらさないでください
  たとえわたしたちのめが
  あなたをみつめていないとしても
  あなたのきらいなだれかに
  むけられているとしても

  わたしたちのかなしみを
  あなどらないでください
  わたしたちはあなたのように
  つかれてはいないから
  かなしみはあたらしい
  よろこびもいかりも

  わたしたちのこころを
  あなたとおなじと
  おもわないでください
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※怒りや悲しみなどをもちながら、社会の矛盾や不合理に向かっていこうとする子どもたちの気持ちを表している。
           平成27年9月18日 記
  


      くり返す
                  谷川 俊太郎

  くり返すことができる
  あやまちをくり返すことができる
  くり返すことができる
  後悔をくり返すことができる
  だがくり返すことはできない
  人の命をくり返すことはできない
  けれどくり返さねばならない
  人の命は大事だとくり返さねばならない
  命はくり返せないとくり返さねばならない

  私たちはくり返すことができる
  他人の死なら
  私たちはくり返すことはできない
  自分の死を


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※これは、人間の根元的な詩である。どんなことがあっても、自分の生を最大限に全うしなければならない。そして、他人の生も尊重しなければならない。戦争や犯罪で他人を蹂躙することなどもってのほかである。
            平成27年7月26日 記
  


    生きる
             谷川俊太郎
 
  生きているということ
  いま生きているということ
  それはのどがかわくということ
  木漏れ日がまぶしいということ
  ふっと或るメロディを思い出すということ
  くしゃみをすること
  
  あなたと手をつなぐこと
 
  生きているということ
  いま生きているということ
  それはミニスカート
  それはプラネタリウム
  それはヨハン・シュトラウス
  それはピカソ
  それはアルプス
  すべての美しいものに出会うということ
  そして
  かくされた悪を注意深くこばむこと

  生きているということ
  いま生きているということ
  泣けるということ
  笑えるということ
  怒れるということ
  自由ということ

  生きているということ
  いま生きているということ
   
  いま遠くで犬が吠えるということ
  いま地球が廻っているということ
  いまどこかで産声があがるということ
  いまどこかで兵士が傷つくということ
  いまぶらんこがゆれているということ

  いまいまがすぎてゆくこと

  生きているということ
  いま生きてるということ
  鳥ははばたくということ
  海はとどろくということ
  かたつむりははうということ

  人は愛するということ

  あなたの手のぬくみ
  いのちということ
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※谷川俊太郎の代表作の一つである。生きることは,その一瞬一瞬がかけがえのない大切なものだ。しっかりと読み継いでいきたい詩である。
          平成27年7月23日 記 
  


   けんかならこい
           谷川俊太郎

  けんかならこい はだかでこい
  はだかでくるのが こわいなら
  てんぷらなべを かぶってこい
  ちんぽこじゃまなら にぎってこい

  けんかならこい ひとりでこい
  ひとりでくるのが こわいなら
  よめさんさんにん つれてこい
  のどがかわけば さけのんでこい

  けんかならこい はしってこい
  はしってくるのが こわいなら
  おんぼろろけっと のってこい
  きょうがだめなら おとといこい
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※子どもの頃を思い出す愉快な詩である。誰しもが多くの夢をもち輝いていた。そして、詩のように尖っていた。谷川俊太郎の子どもへの限りない愛情を感ずる詩である。
         平成27年7月22日 記  

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