不 安
高見順
僕は不安で堪らない
僕がサナトリュームにゐる間に
家に置いてきた子猫が
僕を忘れてしまひはせぬか
今の僕は小説を書くことを忘れ
小説からも忘れられるかもしれないことを
そんなに不安に感じてないが
ただこれだけが僕には気がかりだ
人生の事柄のなかには
見たところ下らない事柄のやうで
その根はひそかに深く人生の悲しみに通じてゐる
さういふ馬鹿にならないものがあるが
僕にはその一種と思へてならぬ
僕の好きな好きな子猫が
僕をあんなに慕つた子猫が
僕をケロリと忘れてしまふ悲しみ
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※他人には、心の内は分からない。価値観も様々である。だから、生き方について、他人がとやかく言うことではない。
ところで、私がかつて新宿で働いていた頃、ある家を担当していた。その時、すらりとした女子高校生が帰宅してきた。母親が、「彼女の父親は、高見順よ。」と言った。驚いて定期証書を見ると「高見恭子」と記されてあった。その後、彼女は芸能界で活躍するようになった。現在の文部科学省の大臣は、彼女の夫である。
平成28年4月30日 記