大木 実

      味噌汁や握り飯など
                 大木実

    味噌汁の煮える匂いに眼覚めると
    母はいつもお勝手にいた
    かまどの前にしゃがんでいる母の顔はあかかった
    母はときどき私の好きな握り飯をにぎってくれた
    その握り飯は香ばしく熱かった

    味噌汁の煮える匂いで私はいまも眼覚める
    味噌汁の煮える匂いを嗅ぎながら
    寂しかったであろう母のあけくれや短かった二十七歳の生涯をおもう

    母は私に子守歌もあかるい笑いも遺してはくれなかった
    母が私に遺してくれたものは
    朝味噌汁をつくっていたうしろ姿と幼い日
    息をふきふき喰べた握り飯の味であった
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※大木実は、7歳で母と死別した。しかし、思い出は、味噌汁の匂いと握り飯というかたちで残った。幼い作者を残して死んでいかなければならなかった母親の気持ちは、いかばかりであったろうか。
       平成28年5月12日 記 



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             大木実

 少年の日読んだ「家なき子」の物語の結びは、こういう言葉で終っている。
 - 前へ。
 僕はこの言葉が好きだ。

 物語は終っても、僕らの人生は終らない。
 僕らの人生の不幸は終りがない。
 希望を失わず、つねに前へ進んでいく、物語のなかの少年ルミよ。
 僕はあの健気なルミが好きだ。

 辛いこと、厭なこと、哀しいことに、出会うたび、
 僕は弱い自分を励ます。
 - 前へ。
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※大木実は、「7歳で母と死別。11歳、関東大震災で義母と弟妹を喪う。13歳、三人目の母逝去。」と多くの不幸に見舞われる。さらに、自らも肺結核に冒され、貧しい生活を余儀なくされる。実直で優しさ溢れる詩は、その中から生まれた。心の折れない人であったろう。
       平成28年5月9日 記