高浜虚子
去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの
春風や 闘志いだきて 丘に立つ
流れ行く 大根の葉の 早さかな
大いなるものが過ぎ行く野分かな
金亀子(こがねむし) 擲(なげう)つ闇の 深さかな
白牡丹と いふといへども 紅ほのか
遠山に 日の当たりたる 枯野かな
桐一葉 日当たりながら 落ちにけり
三つ食へば 葉三片や 桜餅
薄暑はや 日陰うれしき 屋形船
涼しさの 肌に手を置き 夜の秋
行水の 女に惚れる 鴉かな
秋空を 二つに断てり 椎大樹
来る人に 我は行く人 慈善鍋
一冬の 寒さ凌ぎし 借頭巾
見下ろして やがて啼きけり 寒鴉
やり羽子や油のやうな京言葉
鎌倉の山に響きて花火かな
道のべに阿波の遍路の墓あはれ
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※高浜虚子は、一時、俳句の世界から身を遠ざけていたが、河東碧梧桐の新傾向(自由律俳句)に対抗して復帰した。正岡子規門下、高浜虚子と河東碧梧桐(かわひがしへきごどう)は双璧と呼ばれていたが、歩む道は違っていた。復帰した時の心の内を詠んだ「春風や闘志いだきて丘に立つ」、信念の強さを詠んだ 「去年今年貫く棒の如きもの」、まさに王道をいく俳句の数々であり、虚子自身が俳句そのものであると言っても過言ではない。
平成30年6月6日 記