高田敏子

         むらさきの花 
                高田 敏子

        日々は平穏である
        長女は四部屋の社宅に住み
        二児を育てながら
        料理とケーキ作りに熱中している

        次女は二部屋のマンションに移り
        靴のデザインを仕事として
        土曜か日曜日にはもどって来る
        テレビの前でコーヒーを飲みながら
        きっということば
        この家 寒いわ もっと暖房を強くしたら?

        息子も三部屋のマンション暮らし
        一歳半の男の子数え唄をうたう
         ひとつ ひよこが 豆くって ピヨピヨ
         ふたつ ふたごが けんかして プンプン
        愛らしい妻も声をあわせて
        唄は何回もくり返される

        私はもう 子といさかうこともなく
        折々の訪れをのどかな笑顔で迎えている

        この平穏な日々
        何をほかに思うことがあろう
        毎夜私は 縁先につながれて眠る赤犬の
        いびきを聞きながら目をつむる
  
        眠りにつくまでの道には
        岩山があって
        植物図鑑の中の
        むらさきの花が咲いている
        根に毒をもつというトリカブトの花
        むらさきの花を好む私の心の奥にも
        この花の根に似たもののあることを知っている

        根の毒を舌先になめながら
        眠りの道に入るまでの さびしさ
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※日常が非日常にならないことを望むばかりである。平凡に生きるということは難しい。それにしても、女性は恐い。やはり面、菩薩、内(うち)、般若だ。
       平成28年4月27日 記 



       日々       
           高田 敏子

     小鳥がいて
     黒猫の親子がいて
     庭には犬がいて

     夕方の買いものは
     小鳥のための青菜と
     猫のための小鯵と
     犬のための肉と
     それに
     カレーライスを三杯もおかわりする
     息子がいた
     あのころの買い物籠の重かったこと!

     いまは 籠も持たずに表通りに出て
     パン一斤を求めて帰って来たりする

     みんな時の向こうに流れ去ったのだ
     パン一斤の軽さをかかえて
     夕日の赤さに見とれている
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※変哲のない日常が、いかに大切か今回の大地震でも分かる。食べ物があり、灯りがともり、蛇口からきれいな水が迸る、とても素晴らしいことなのだ。高田敏子は、女性の日常生活に根ざした平易な詩を作り、「台所詩人」「お母さん詩人」などともいわれたとある。納得。 
       平成28年4月22日 記