島木赤彦
みづうみの氷は解けてなほ寒し三日月の影波にうつろふ
信濃路はいつ春ならん夕づく日入りてしまらく黄なる空のいろ
隣室に書よむ子らの声きけば心に沁みて生きたかりけり
夕焼空焦げきはまれる下にして氷らんとする湖のしづけさ
月の下の光さびしみ踊り子のからだくるりとまはりけるかも
ひたぶるに我を見たまふみ顔より涎を垂らし給ふ尊さ
信濃路に帰り来りてうれしけれ黄に透(とお)りたる漬菜の色は
山の上の段々畠に人動けり冬ふけて何をするにやあらむ
霧ふかき湖(うみ)べの道を来るらしき荷車の音久しく聞ゆ
押して行く繭の荷車に山の湖(うみ)の夕照(ゆうでり)さむく片明りせり
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※赤彦は、歌の求道者であった。その歌は、風土である信濃の色が濃い。自然は、赤彦の人生そのものであった。
平成28年5月8日 記