佐藤春夫
親が子におくることば
佐藤春夫
大臣にも大将にも金持ちにもならなくてもよい。
仕事は何をしてもよい。
丈夫ですなおなよく働く子になってくれ。
人に迷惑をかけない人になってくれ。
お前ひとりではない。
日本中の子どもが、みなそうなってほしい。
どの親も、どの先生も決してこれより他に望むまい。
もし万一他の注文がでたら、あなたは、はっきりおことわりしなさい。
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※実にいい詩だ。子どもに対する慈愛の心が、素直な言葉で表現されている。「丈夫ですなおなよく働く子になってくれ。人に迷惑をかけない人になってくれ。」当たり前のことを当たり前にする子ども、そんなふうに願って愛育すればいいのに、違った方向に進んでいる。「どの親も、どの先生も決してこれより他に望むまい。」肝に銘じたい。
平成28年4月25日 記
少年
佐藤春夫
一
野ゆき山ゆき海辺ゆき
真ひるの丘べ花を敷き
つぶら瞳の君ゆゑに
うれひは青し空よりも。
二
影おほき林をたどり
夢ふかきみ瞳を恋ひ
あたたかき真昼の丘べ
花を敷き、あはれ若き日。
三
君が瞳はつぶらにて
君が心は知りがたし
君をはなれて唯ひとり
月夜の海に石を投ぐ。
四
君は夜な夜な毛糸編む
銀の編み棒に編む糸は
かぐろなる糸あかき糸
そのラムプ敷き誰がものぞ。
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※少年の日の甘く切ない思い出が、ほのぼのと伝わってくる詩である。
平成28年2月11日 記
望郷五月歌
佐藤春夫
塵まみれなる街路樹に
哀れなる五月来にけり
石だたみ都大路をを歩みつつ
恋しきや何ぞわが古郷(ふるさと)
あさもよし紀の国の
牟婁(むろ)の海山
夏みかんたわわに実り
橘の花さくなべに
とよもして啼くほととぎす
心してな散らしそかのよき花を
朝霧か若かりし日の
わが夢ぞ
そこに狭霧(さぎ)らふ
朝雲か望郷の
わが心こそ
そこにいさよふ
空青し山青し海青し
日はかがやかに
南国の五月晴こそゆたかなれ
心も軽くうれしきに
海の原見迥(はる)かさんと
のぼり行く山辺の道は
杉檜楠(すぎひのきくす)の芽吹きの
花よりもいみじく匂ひ
かぐはしき木の香薫じて
のぼり行く路いくまがり
しづかにも登る煙の
見まがふや香炉の煙
山樵(やまがつ)が吸ひのこしたる
鄙(ひな)ぶりの山の煙草の
椿の葉焦げて落ちたり
古(いにしえ)の帝王たちも通はせし
尾の上の道は果てを無み
ただつれづれに
通ふべきにはあらねば
目を上げてただに望みて
いそのかみふるき昔をしのびつつ
そぞろにも山を下りぬ
歌まくら塵の世をはなれ小島に
立ち騒ぐ波もや見むと
辿り行く荒磯石原(あらいそいしはら)
丹塗舟(にぬりぶね)影濃きあたり
若者の憩へるあらば
海の幸鯨(いさな)捕る船の話も聞くべかり
且は聞け
浦の浜木綿(はまゆう)幾重なすあたり何処(いづく)と
いざさらば
心ゆく今日のかたみに
荒海の八重の潮路を運ばれて
流れよる千種百種(ちぐさももくさ)
貝がらの数を集めて歌にそへ
贈らば都の子等に
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※先日、和歌山県に旅行した際、熊野速玉大社に立ち寄った。その敷地内に佐藤春夫記念館が在り、参拝もそこそこに、入館した。それは、春夫の東京の自宅を新宮市に移築したものであった。小さな文机を見たとき、「あの作品は、これから生まれたのか。」と感動的であった。
佐藤春夫記念館 平成28年1月29日 撮影
平成28年2月9日 記
ためいき
佐藤春夫
一
木の国の五月なかばは
推の木のくらき下かげ
うす濁るながれのほとり
野うばらの花のひとむれ
人知れず白くさくなり、
佇みてものおもふ目に
小さなるなみだもろげの
すなほなる花をし視れば 戀びとの
ためいきを聴くここちするかな。
二
柳の芽はやはらかく太息(といき)して
丈高くわかき梧桐はうれひたり
杉は暗くして消しがたき憂愁を秘め
椿の葉 日の光にはげしくすすり欷(な)く・・・
三
ふといづこよりともなく
君が聲す
百合の花の匂ひのごとく
君が聲す
四
なげきつつ黄昏の山をのぼりき。
なげきつつ山に立ちにき。
なげきつつ山をくだりき。
五
蜜柑ばたけに来て見れば
か弱き枝の夏みかん
たのしげに
大いなる實をささへたり。
われもささへん
たへがたき重き愁ひを
わが戀の實を
六
ふるさとの柑子(こうじ)の山をあゆめども
癒えぬなげきは誰がたまひけむ。
七
遠く離れてまた得難き人を思ふ日にありて
われは心からなるまことの愛を学び得たり
そは求むるところなき愛なり
そは信ふかき少女子(おとめご)の願ふことなき日も
聖母マリアの像の前に指を組む心なり。
八
死なむといふにあらねども
涙ながれてやみがたく
ひとり出て佇(たたず)みぬ
海の明けがた海の暮れがた
ーーただ青くとほきあたりは
たとふればふるき思ひ出
波よする近きなぎさは
けふの日のわれのこころぞ。
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※谷崎潤一郎の妻(千代)への思いが、切ない言葉で表現されている。「秋刀魚の歌」とともに味わいたい詩である。
平成27年3月8日 記
秋刀魚の歌
佐藤春夫
あはれ
秋風よ
情(こころ)あらば伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉(ゆうげ)に ひとり
さんまを食ひて
思ひにふける と。
さんま、さんま
そが上に青き蜜柑の酸(す)をしたたらせて
さんまを食(くら)ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみてなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸(はら)をくれむと言ふにあらずや。
あはれ
秋風よ
汝(なれ)こそは見つらめ
世のつねならぬかの団欒を。
いかに
秋風よ
いとせめて
証(あかし)せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。
あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児〔おさなご〕とに伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
涙をながす と。
さんま、さんま
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。
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※谷崎潤一郎の妻を哀れに思っていた感情は、やがて愛に変わる。その結果、佐藤春夫に妻を譲る「谷崎潤一郎夫人譲渡事件」が勃発する。その間の苦悩を書いたものが、上記の詩である。「
さんま、さんまさんま苦いか塩つぱいか。」苦悩する孤独な男の愁嘆を自嘲的に詠じたこの詩にぴったりな表現である。
平成26年10月15日 記
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