斉藤 隆介

         「三コ」
                         斉藤隆介

 三コは秋田の平野の子だ。
いつごろ生まれたのか、だれもしらない。ずっとむかしから生きていた。
 オイダラ村あたりの、水のみ百姓の小セガレだったことはたしかだ。三吉か。三太か、ほんとうの名前さえチャントでなく、三コと半パにしか呼んでもらえないのが何よりのしょうこだ。
 そいつがいつのころからか、秋田の平野を風にのってかけはじめた。
 五里-十里-二十里・・・・。
 それから、せいがデッカクなりはじめたらしい。
 ちいさな村の、ちいさな土地にしばりつけられて、四つンばいになって暮らすことに、しんぼうならなくなったんだろう。体がそだったのは、魂がそだったからだろう。---とにかく、三コは風にのって、秋田じゅうをかけまわりはじめた。
 五月の青葉の風のなかで、12月のものすごい吹雪のつむじ風のなかで、 ウォ-イ ウォ-イとさけぶ三コの声をきいたというものが、何人もでてきた。
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※ 火事になったオイダラ山を、自らを盾にして火を消す三コの姿に自己犠牲の精神が見て取れる。それは、斉藤隆介の作品にすべて通底しているものである。
 三島由紀夫と石原慎太郎が、「男らしさ」というテーマで対談したとき、する前に、どのように考えているかお互いに紙に書いて交換しようという話になった。すると、二人とも「自己犠牲」と同じことを書いたという。この精神が、社会からなくなりつつある。
         平成27年9月30日 記 



       「花さき山」
                斉藤隆介

  ところがおまえ、おくへ おくへと 
  きすぎて みちにまよって、この山サはいってしまった。
  したらば ここに こんなに いちめんの花。
  いままで みたこともねえ 花が さいているので、
  ドデンしてるんだべ。、な あたったべ。
  この花が なして こんなに きれいだか
  なして こうして さくのだか、
  そのわけを あや、おめえしらねえべ。
  それは こうしたわけだじゃー。

  この花は ふもとの 村の
  にんげんが 
  やさしいことを ひとつすると
  ひとつ さく。
  あや おまえのあしもとに、
  さいている 赤い花
  それは おまえが 
  きのう さかせた花だ。
 
  きのう、いもうとのそよが
  「おらサも みんなのように 
  祭りの 赤い べべ かってけれ」
  って あしを ドデバタして 
  ないて おっかあを こまらせたとき、
  おまえはいったべ、
  「おっかあ、おらは、いらねえから、
  そよサ かってやれ」
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※ この作品との出会いは、語り部 亀山歩先生の講義に出席した時からである。最初聞いて鳥肌がたった。亀山先生は、中学校の教諭をしながら語り部として活躍していらっしゃった。先生を下稲吉中学校と霞ヶ浦北中学校の時お呼びして、生徒がこれらの作品を聴く機会を設定した。
             平成27年9月29日 記 



     「ベロ出しチョンマ」
                       斉藤 隆介

 長松は刑場で初めて父ちゃんを見た。父ちゃんは長松たちとおなじように
白い着物を着せられて、もう高いハリツケ柱にしばられていた。
「父ちゃん!」
と長松が叫ぶと、ヒゲぼうぼうの父ちゃんが高い所でニコッと笑った。とって
も優しい目だった。
 竹矢来の外にギッシリ詰めかけた村人の念仏の声がいっそう高まった。
 母ちゃんも長松も、それからタッタ三つのウメまでが、次々にひき廻しの裸
馬の背中からおろされると、次々に十字のハリツケ柱におし上げられて、両
手両足をしばり上げられた。ウメは、
「母ちゃん-母ちゃん!」
と火がついたように泣き叫んだ。
 竹矢来の西のはしがユッサユッサと揺れはじめた。村の人たちの怒って血
走った目や、ゆさぶるふしくれだった手やが、高い長松の所からはよく見えた。
 棒をもつた役人たちがそっちへ数人走って行き、一番えらい役人があわてて、
「はじめィーッ!」
と叫んだ。
 突き役が二人、ぬき身の槍を朝日に光らせながらウメのハリツケ柱のほうへ
ノソノソと近寄って行った。
 まず高いウメの胸の所で槍の穂先をぶッちがいに組み合わせた。穂先がギ
ラギラッと光った。
「ヒ-ッ!おっかねえ-ッ!」
ウメが虫をおこしたように叫んだ。
 この時長松は、思わず叫んでしまった。
「ウメ-ッ、おっかなくねえぞォ、見ろォアンちゃんのツラァ-ッ!」
 そして眉毛をカタッと「ハ」の字に下げてベロッとベロを出した。
 竹矢来の外の村人は、泣きながら笑った、笑いながら泣いた。長松はベロを
出したまま槍で突かれて死んだ。
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※何度読んでも悲しい作品である。しかし、直訴をしてこのような運命を辿った人々も
いたことも事実である。「読み聞かせ」の研修で聴いて心に響いた。子どもだけではなく、大人にも読んでもらいたい作品である。
                 平成27年9月25日 記