夏目 漱石
腸(はらわたに)に春滴るや粥の味
塩辛を壺に探るや春浅し
有る程の菊投げ入れよ棺の中
秋風や屠られに行く牛の尻
秋の山南を向いて寺二つ
秋の日のつれなく見えし別かな
秋風や唐紅の咽喉仏(のどぼとけ)
赤き日の海に落ち込む暑さかな
生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉
肩に来て人なつかしや赤蜻蛉
颯(さっ)と打つ夜網の音や春の川
たたかれて昼の蚊を吐く木魚哉
永き日や欠伸(あくび)うつして別れ行く
耳の穴掘って貰いぬ春の風
餅を切る包丁鈍し古暦
寄り添えば冷たき瀬戸の火鉢かな
釣鐘のうなるばかりに野分かな
飯食へばまぶた重たき椿かな
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※ 中国西晋、孫楚(そんそ)は「石に枕し流れに漱(くちすす)ぐ」と言うべきところを「石に漱ぎ流れに枕す」と言ってしまい、誤りを指摘されると、「石に漱ぐのは歯を磨くため、流れに枕するのは耳を洗うためだ」と言ってごまかしため、「漱石枕流」は頑固者とか自分の非を認めない者とかという意味になっている。 夏目漱石の「漱石」は、この「石に漱ぐ」から取っている。松山中学校の教師の時、生徒が英語の間違いを指摘したところ、「私が辞書だ。」と言って間違いを認めなかったという逸話もある。
「腸に春滴るや粥の味」は、胃潰瘍で入院した折りに出された粥に感激して作ったものである。漱石は、胃潰瘍で大吐血して、一時人事不省に陥ったことがある。
平成28年12月10日 記