正岡子規

     正岡子規

いくたびも雪の深さをたずねけり
行く秋にしぐれかけたり法隆寺
行く我にとどまる汝に秋二つ
崖急に梅ことごとく斜なり
鶏頭の十四五本もありぬべし
しぐるるや蒟蒻冷えて臍の上
へちま咲いて痰のつまりし仏かな
痰一斗糸瓜の水も間にあわず
をととひのへちまの水も取らざりき
紫陽花や青にきまりし秋の雨
障子あけよ上野の雪を一目見ん
五月雨や上野の山も見飽きたり
柿食えへば鐘がなるなり法隆寺
春や昔十五万石の城下かな
あたたかき雨がふるなり枯れむぐら
赤とんぼ筑波に雲もなかりけり
陽炎や石の仁王の力瘤(ちからこぶ)
回廊や霧吹きめぐる厳嶋
小夜ふけし鼓の春や薪能
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※、結核菌が、脊椎を冒す脊椎カリエスと診断される。以後床に伏す日が多くなり、数度の手術も受けたが病状は好転せず、やがて臀部や背中に穴があき膿(うみ)が流れ出るようになった。
 脊椎カリエスに冒された体は、自由を奪われ、病床から見える所だけが、子規の世界になっていく。起きあがれればいいと思うようになった時には、起きあがることもできなくなっていた。寝返りができればいいと思うようになった時は、寝返りもできなくなっていた。子規は、「なんと希望が小さくなったことか」と書いている。最後は、口述のやむなきに至る。7年間の闘病の後、34歳で亡くなった。
 熱をもった体を冷やすために「ヘチマの水」を使うことになる。絶筆三句により、正岡子規の命日を「糸瓜忌(へちまき)」という。
   へちま咲いて痰(たん)のつまりし仏かな
  痰(たん)一斗(いっと)糸瓜の水も間にあわず
  をととひのへちまの水も取らざりき
        平成29年11月16日 記