米作り

           今年の米作りについて
       


 我が家では、毎年種をまき稲の苗を育てています。しかし、ちょっとした判断ミスで約7割の苗を駄目にしてしまいました。残った種で28ケースまきましたが、それではとても足りるものではありません。写真右側の苗は購入した物です。さらに、田植え機械の故障、川から水を汲み上げるポンプの破損など、今年の米作りはマイナスからの出発です。
            平成31年5月16日  記

             

 この写真は、水田の周りに配置されている水路です。水路にはコンクリート板が設置されてあり、土が崩れないようになっています。しかし、風雨にさらされていると土が流れ、大きな窪みが出来てしまいます。それを放置するとコンクリート板が傾き、土手が崩壊してしまいます。草の生えていない中心から左半分に、土嚢袋で土を100体投入しました。大変な作業でしたが、これを怠ることは出来ません。
         平成30年12月18日  記



             

 今年の稲刈りが終了しました。使用したコンバインや乾燥機などを清掃して、来年に備えます。肩の荷が少し下りました。
         平成30年9月17日  記



 今年の稲刈りが始まりましたが、米作りにはトラブルがつきものです。昨年は代掻き機械が壊れ購入しました。今年は乾燥機がトラブルを起こし、難渋しました。また、稲刈りは天気との関係があり、なかなか思い通りにはいきません。栗、柿、葡萄の収穫、販売とも重なり多忙な日々が続きます。
         平成30年9月12日  記



        
 平成30年8月1日穂が出揃いました。穂が出るためには水が不可欠です。この時期、水が不足すると収穫高に大きな影響を与えます。暑い日が続きますので、気が抜けません。モグラやアメリカザリガニに大きな穴を開けられ、一晩で水が抜けることも一度や二度ではありません。
         平成30年8月3日  記



        
 平成30年5月11日に田植えが終わり二ヶ月以上が過ぎ、出穂が見られました。水の管理の成果です。田圃は、6月下旬まで水をしっかり入れます。その後、根を張らせるため一旦水をきり(中干し)、出穂前にまた水をたっぷり入れます。穂が出るために、水は重要な働きをします。何事も細やかな愛情が大切です。
         平成30年7月25日  記



          
 田植えが終わって約二ヶ月、天候に恵まれ苗がだいぶ大きくなりました。今年の梅雨は例年より一ヶ月早く終わり、水の管理には心を配ります。昔と違い整備されていて、水道をひねれば水が出ますが、モグラやアメリカザリガニの被害には気を付けなければなりません。暑い夏が始まりました。
         平成30年7月2日  記



          
 田植えが終わって約一ヶ月、苗がだいぶ大きくなりました。毎年のことですが、季節等の変化で少しずつ違ってきます。朝、この田に行ってみたら、昨日まで十二分にあった水が6割がた抜けていました。調べてみたら、大きな穴からすごい音をたてて流れていました。どうもモグラのような感じがします。米作りには色々な敵がいます。
         平成30年6月7日  記



                   田植え終了

              
  本日、田植えが終わりました。代掻きをいい加減にやってしまった田に支障がありました。十分に代掻きをしなかったため、土がムラになってしまって植えた苗がよくささらず、浮き上がってしまったのです。手でさし苗をする時間を考えたら、しっかり代掻きをすべきだったと反省しきりです。何事も為すことによって学ぶでしょうか。
 田植えの時季になると思い出す俳句があります。『奥の細道』(松尾芭蕉)の
  「田一枚植ゑて立ち去る柳かな」
です。栃木県那須を旅した芭蕉は、誘われて西行法師(平安時代)ゆかりの柳を訪ねます(1689年4月)。懐旧の念に浸っていると、農夫(もしくは早乙女)が一枚の田を植えてしまいます。西行はこの地で、
 「道の辺に清水(しみず)流るる柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ」
と詠んでいました。西行に私淑してたいた芭蕉は、この短歌を念頭にこの俳句を作ったのです。『奥の細道』は、芭蕉の芸術を高める旅と同時に、古人を思慕する旅でもあったのです。
 ところで、能楽の謡曲『遊行柳(ゆぎょうやなぎ)』は、この歌を主題に作られています。    
         平成30年5月12日  記