城ヶ島の雨
北原白秋
雨は降る降る 城ヶ島の磯に
利休鼠の 雨が降る
雨は真珠か 夜明の霧か
それとも私の 忍び泣き
舟は行く行く 通り矢のはなを
濡れて帆あげた 主の舟
ええ 舟は櫓でやる
櫓は唄でやる
唄は船頭さんの 心意気
雨は降る降る ひは薄曇る
舟は行く行く 帆がかすむ
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※城ヶ島から見た富士山は、神の山であった。雲一つもない空に立つ姿は、圧倒的な存在感を醸し出していた。
昨日の読売新聞「編集手帳」に作詞家の阿久悠が「歌詞が聞き取れない。曲あって歌なき時代だ。」と嘆いていたと書いてあった。言葉をだらだらと並べているだけで、およそ詩などとはいえないものだからであろう。白秋の詩をかみしめたい。
平成28年3月26日 記
落葉松
北原 白秋
一
からまつの林を過ぎて、
からまつをしみじみと見き。
からまつはさびしかりけり。
たびゆくはさびしかりけり。
二
からまつの林をい出でて、
からまつの林に入りぬ。
からまつの林に入りて、
また細く道はつづけり。
三
からまつの林の奥も、
わが通る道はありけり。
霧雨のかかる道なり。
山風のかよふ道なり。
四
からまつの林の道は、
われのみか、ひともかよひぬ。
ほそぼそと通ふ道なり。
さびさびといそぐ道なり。
からまつとささやきにけり。
六
からまつの林を出でて、
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
からまつのまたそのうえに。
七
からまつの林の雨は、
さびしけどいよよしづけし。
かんこ鳥鳴けるのみなる。
からまつの濡るるのみなる。
八
世の中よ、あはれなりけり。
常なけどうれしかりけり。
山川に山がはの音、
からまつにからまつのかぜ。
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※ 北原白秋は、「落葉松の幽かなる、その風のこまかにさびしくものあわれなる、 ただ心より心へと伝ふべし。また知らん。その風はそのささやきは、またわが心のささやきなるを。読者よ、これらは声に出して
歌うべききわものにあらず。ただ韻(ひびき)を韻とし、匂いを匂いとせよ。」と言っている。落葉松のさびしさは、彼自身の心の有り様でもあった。五七調の調べは、日本人になんと心地よく響くものか。
四季の変化は五行の推移によって起こると考えられた。また、方角・色など、あらゆる物に五行が配当されている。そこから、四季に対応する五行の色と四季を合わせて、青春、朱夏、白秋、玄冬といった言葉が生まれた。詩人、北原白秋の雅号は秋の白秋にちなんだものである。ちなみに、五色幕の青、黄、緑、白、赤も五行による。
平成27年3月19日 記