北原 白秋
草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり
やはらかに誰が喫(の)みさしし珈琲ぞ紫の吐息ゆるくのぼれる
カステラの黄なるやはらみ新らしき味ひもよし春の暮れゆく
すつきりと筑前博多の帯をしめ忍び来し夜の白ゆりの花
薄青きセルの単衣をつけそめしそのころのごとなつかしきひと
いちはやく冬のマントをひきまはし銀座いそげばふる霙(みぞれ)かな
ひいやりと剃刀ひとつ落ちてあり鶏頭の花黄なる庭先
何事の物のあはれを感ずらむ大海の前に泣く童あり
かきつばた男ならずばたをやかにひとり身投げて死なましものを
白南風(しらはえ)の光葉(てりは)の野薔薇過ぎにけりかはづのこゑも田にしめりつつ
(白南風・・・・梅雨が明ける6月末ごろから吹く南風)
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※志賀直哉に「剃刀」という作品がある。「ひいやりと」が、それに繋がる空気感がある。白秋は、悩んでいた。
「やはらかに誰が喫みさしし珈琲ぞ紫の吐息ゆるくのぼれる」この情景が、コーヒーのもっている気だるさのようなものを表していて気に入っている。
「 草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり 」、その作品の素晴らしさは言わずもがな。
平成27年7月26日 記