白居易   

     村夜 
           唐  白居易

霜草(しもくさ) 蒼蒼(そうそう)として 虫 切切(せつせつ)
村南村北 行人絶ゆ
独り門前に出て野田を望めば
月出て蕎麦(けうばく) 花 雪の如し

【口語訳】
霜の降りた草が青々とし虫がちりちりとさえずり、村の南も村の北も行き交う人がいなくなった。独り門前に出て野をながめると、月明かりにそばの花が雪のようだ。
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※白居易の詩は絵画的である。一面に広がる蕎麦畑の光景が、眼前に浮かぶ。
           平成30年5月17日 記



     殷協律(いんきょうりつ)に寄す 
           唐  白居易

五歳の優游(ゆうゆう)同(とも)に日を過ごし
一朝消散して浮雲に似たり
琴詩酒(きんししゅ)の伴(とも)皆我を抛(なげう)ち
雪月花(せつげつか)の時最も君を憶(おも)ふ
幾度(いくたび)か鶏(けい)を聴き白日を歌ひ
亦(ま)た曾(かつ)て馬に騎(の)り紅裙(こうくん)を詠ず
呉娘(ごじょう)の暮雨(ぼう)蕭蕭(しょうしょう)の曲
江南に別れてより更に聞かず

【口語訳】
 五年の間、君と過ごした楽しい日々は、或る朝、浮雲のように消え散ってしまった。琴を弾き、詩を詠み、酒を交わした友は、皆私のもとを去り、雪・月・花の美しい折につけ、最も懐かしく思い出すのは君のことだ。幾たび「黄鶏」の歌を聴き、「白日」の曲を歌ったろう。馬にまたがり、紅衣を着た美人を詠じたこともあった。呉娘の「暮雨蕭々」の曲は江南に君と別れて以後、二度と聞いていない。
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※白居易が、かつての部下、殷協律に送った詩である。日本では「雪月花」が特に有名になっている。自然の美しい風物を指す語である。
           平成30年1月19日 記



  香炉峰下 新たに山居を卜(ぼく)し草堂初めて成り 偶(たまたま)東壁に題す 
 
                  唐  白居易

日高く睡り足るも猶起くるに慵(ものう)し
小閣に衾(きん)を重ねて寒さを怕(おそ)れず
遺愛寺(いあいじ)の鐘は枕を欹(そばだ)てて聽き
香炉峰の雪は簾(すだれ)を撥(かかげ)て看(み)る
匡廬(きょうろ)は便(すなわ)ち是れ名を逃のがるるの地
司馬は仍(な)お老を送るの官たり
心泰(やす)く身寧(やす)きは是れ帰(き)する処
故郷 何ぞ独り長安にのみ在らんや
    (七言律詩)

【口語訳】
 日が高くさし昇り眠りは十分に足りたが、なんとなく物憂い。小さな山荘の中で、掛け布団を重ねているから、寒さは心配ない。山荘から近い遺愛寺の鐘が、枕越しに聞こえてくる。香炉峰の雪は、簾をはね上げさせて、寝床から見る。匡廬は、浮き世の名声とか名誉から逃れるには良い所だ。司馬という役職は、閑職だから老年を送るのには十分だ。心身ともに安らかでいることが、究極の目的である。故郷は、どうして都の長安ばかりであろうか。
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※中宮定子の「香炉峰の雪いかならん」という質問に、清少納言が当意即妙に答えられたと「枕草子」に書いている。清少納言に、この漢詩の素養があったからである。自分で、中宮定子に褒められたと書くあたりが、清少納言の性格を如実に表していて面白い。

      「枕草子 」  (雪のいと高こう)
                         清少納言

 雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子(みこうし)まゐりて、炭櫃(すびつ)に火おこして物語などして集まりさぶらふに、「少納言よ、香炉峰の雪いかならん。」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせたまふ。
 人々も、「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそよらざりつれ。なほこの宮の人にはさべきなめり。」と言ふ。 (299段)
             平成27年4月28日 記



  古原の草を賦し得て別れを送る
                 白居易

離離(りり)たり 原上(げんじょう)の草、
一歳(いっさい)に一たび枯栄(こえい)す。
野火(やか) 焼けども尽きず、
春風 吹けば又生ず。
遠芳(えんぽう) 古道を侵し、
晴翠(せいすい) 荒城に接す。
又王孫(おうそん)の去るを送り、
萋萋(せいせい)として別情(べつじょう)満つ。

【口語訳】
 繁茂する野原一面の草は、一年一年さかえては枯れる。野焼きで焼けても尽き果てることはなく、春風が吹けばまた生える。遙か彼方まで続く美しい草は、古い道を蔽い、晴れわたった空の下の緑の草は、荒れ果てた城壁まで続いている。旅に出発する君を送るとき、草が盛んに生い茂っているのを見て、再び会える日がいつになるか分からず、惜別の情で心が一杯になる。
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※この詩は、白居易が顧況(こきょう)を訪ねた時、披露したものであり、顧況はその出来映えに感心したという。人と人との別れは、多くの小説や詩や短歌などを生み出した。
 正岡子規が、夏目漱石との別れの際に詠った「行く我にとどまる汝(なれ)に秋二つ」という留別の句が思い出される。
                平成27年1月24日 記