与謝野晶子

       与謝野晶子

金色の小さき鳥の形して いてふ散るなり夕日の岡に
鎌倉やみ仏なれど釈迦牟尼(しゃかむに)は美男におわす夏木立かな
夏の風山より来たり三百の牧の若馬耳ふかれけり
清水へ祇園をよぎる桜月夜(さくらづくよ)今宵あふ人みな美しき
黒髪の千すじの髪の乱れ髪かつ思ひ乱れ思ひ乱るる  
やは肌のあつき血潮にふれも見でさびしからずや道を説く君
水色の鎌倉山の秋風にいてふ散りしく石のきざはし
春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ
なにとなく君に待たるる心地して出でし花野の夕月夜かな
海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女となりし父母の家
封筒の開けば君の歩み寄る けはひ覚ゆるいにしへの文
君と行くノオトルダムの塔ばかり薄桃色にのこる夕ぐれ
その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな
道を云はず後を思はず名を問はずここに恋ひ恋ふ君と我と見る
沙羅双樹しろき花ちる夕風に人の子おもふ凡下のこころ
那珂川の海に入るなるいやはての海門橋の白き夕ぐれ
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※与謝野晶子の未発表の歌が発見された、と新聞等が報じている。「よひよひに天の川なみこひながめ恋こふらしとしるらめや君」、兄の帰省を待ちこがれて夜空を眺めている思いを詠んだものである。その兄とは後述する理由により、断絶状態に陥る。「近代短歌を切り開いた情熱の歌人の片鱗が見て取れる」と讀賣新聞は解説している。
 短歌の内容から、風俗紊乱(びんらん)のおそれのある娼婦のような歌だと批判された。しかし、彼女は、微動だにしなかった。文学者として、妻として、母としてそれぞれの立場で力を発揮し、成果を残していった人生であった。
              平成30年5月23日 記