その他

            ヘリコプター
          

 昨日、30分後に自宅の上空を飛ぶとの連絡があり、庭から長男の操縦するヘリコプターを撮影しました。福島から出発したそうです。自宅の上を一度旋回して東京の木場へ去りました。後ほど上から我々が手を振っているのが見えたとのメールがありました。農業の合間の一服の清涼剤になりました。
 今回の東京オリンピックの開会式とトライアスロンの撮影にも、カメラクルーを乗せて飛んだと先日言っていました。
           令和3年9月1日  記



              椎茸
        

 気温の低下で椎茸が出てきました。椎茸の成分の90パーセントは水分なので、出るためにはそれが欠かせません。よく「男子三日見ざれば刮目(かつもく)して見るべし」などと言われますが、その生長は椎茸も同じです。なお、乾燥した椎茸にすると栄養価は30倍にも増幅するそうです。毎日自然と対話し、その恵みを受けています。
   刮目・・・目を見開いてしっかり見ること
           令和2年11月20日  記



                   ワラビ(蕨)について
         
 知人が「ワラビを差し上げます」というので、「ワラビ」もしかして「ワラビー」かななどと勝手な妄想を抱いてしまいました。しかも、「よく灰汁を抜いてあります」とのこと、「これはしっかり調教されているな」とさらに妄想は一人歩きをします。それでも、「ワラビー」だったら、住まいは、食べ物は、我々の安全はと心配事は尽きません。しかしながら、それも杞憂に終わり、「ワラビ(蕨)」でしたので、写真のような山菜ご飯ができました。もちろん、家の竹山で採れた筍も入っています。
         令和2年6月16日  記



              藤の花開く
       
 庭の白い藤が咲き始めました。見事な藤の花は各地にありますが、平等院の藤は圧巻でした。
 ところで、藤というと正岡子規の二首が脳裏に浮かびます。
   瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり
   瓶にさす藤の花ぶさ花垂れて病の床に春暮れんとす
 脊椎カリエスに冒された子規は、ただ仰向けに寝ている以外にありませんでした。骨は次第に溶けてゆき、体のいたる所に穴があき、そこから絶え間なく膿が出て、包帯を変えるたびにガーゼとともに皮膚がはがれ、穴は空洞のように広がる惨状でした。子規の心を慰撫(いぶ)したのは、庭に植えた四季折々の花々だったのです。病床から見えるわずかな空間が、寝返りもできなくなっていた子規の世界でした。そのような状況下でも創作に対する意欲は失われず、多くの短歌や俳句を残すと同時に改革に努めました。その精神力に驚かされます。
         令和2年4月27日  記



                牡丹咲く
          
 今年も牡丹が咲きました。「年々歳々人同じからず、歳々年々花相似たり」と言うように移ろう季節は確実にやってきますが、決して人間世界は同じではありません。限りある命を生きる我々の宿命です。コロナの蔓延もそれを突きつけます。牡丹を見ると下記の作品を思い出します。
 牡丹散つてうちかさなりぬニ三片         与謝蕪村
 美服して牡丹に媚びる心あり           正岡子規
 白牡丹といふといへども 紅(こう)ほのか      高浜虚子
 牡丹花は咲き定まりて静かなり花のしめたる位置の確かさ  木下利玄
         令和2年4月15日  記


             耕運機
          
 写真は、半世紀以上も前の耕運機です。今も現役で、今日もトラクターが入りにくい柿や栗の下を耕しました。エンジンを動かすときは、まずラジエターにお湯を入れ(この作業をしないと絶対かからない)、次に手動でエンジンを回し、始動にこぎつけます。前近代的で扱いにくいのですが、何年も放置していたにもかかわらず、壊れない優れものです。多くの基盤から出来ているコンピュータ仕様の機械とは違い長持ちするのかもしれません。
           令和2年3月18日  記



             筍発見
          
 今年もいち早く出る辺りに見当をつけて、竹山から筍を4本掘り出しました。先端の部分が金色のゴールド筍ですから、全然エグミがないはずです。昨年も見付けたのは3月11日でした。筍ご飯にするつもりです。天からの恵みを受けて生活できるのは、ある意味贅沢かもしれません。自然の移ろいを感じています。
           令和2年3月11日  記



               蕗のとう開く
     
 蕗のとうが開きました。世の中はコロナウイルスで大変ですが、自然はいつものように推移します。我々は生かされていることを忘れてはなりません。
         令和2年3月9日  記



               梅開く
     
 寒さに耐えてきた梅が開花しましたと言いたいところですが、今年は暖冬でその言葉がふさわしくありません。暖かさのため例年より早く開花し、 辺りには馥郁(ふくいく)とした高貴な香りが漂っていました。梅は風情を楽しむと言いますが、まさにそのとおりの光景です。
 梅というと次の短歌が思い浮かびます。
 「朽ち残る老木(おいぎ)の梅もこの宿に春に再び会ふぞうれしき」 光圀
幼少時を懐かしく思い出し、過ごした家老三木之次(ゆきつぐ)宅(水戸市柵町)で詠んだものです。
         令和2年2月24日  記



              干し椎茸
        

 椎茸が11月の後半に大量に出ました。全部食べることは出来ませんので、干し椎茸を作っています。原木栽培では3年ぐらい出ると聞いていますから、あと2年ぐらいは椎茸を収穫できそうです。
           令和元年12月3日  記



              餅つき
        

 草山さん御夫妻に「餅つきをやりませんか」と声を掛けたら、快諾していただけたので、11月30日餅つきを行いました。残念ながら、昔の杵と臼ではありませんでしたが、十分楽しむことが出来ました。やはり、つきたての餅は美味しく、納豆餅、大根おろし餅、あんころ餅と幾つもお腹に納まりました。
           令和元年12月1日  記