その他
筍
今年最初の筍を北海道から帰省した長男と孫が掘り上げました。早速、筍ご飯にしました。我が家では最初の筍は筍ご飯と決めています。
長男家族は札幌に住んでいますが、茨城空港との直行便があるのでとても便利です。
令和8年3月24日 記
味噌を造る
朝から大豆を煮て、先日作った麹と塩を混ぜ味噌を造りました。二年間熟成した後、食します。手前味噌になりますが、とても香りの良いものなります。
令和8年2月15日 記
麹を造る
味噌を仕込むために麹を造りました。以前は大豆も作っていましたが、収穫が大変なこともあり断念して購入しています。隔年で味噌造りをしていますが、少しずつ麹の出来具合が良くなっています。
令和8年2月10日 記
藤の花開く

庭の白い藤が咲き始めました。見事な藤の花は各地にありますが、平等院の藤は圧巻でした。
ところで、藤というと正岡子規の二首が脳裏に浮かびます。
瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり
瓶にさす藤の花ぶさ花垂れて病の床に春暮れんとす
脊椎カリエスに冒された子規は、ただ仰向けに寝ている以外にありませんでした。骨は次第に溶けてゆき、体のいたる所に穴があき、そこから絶え間なく膿が出て、包帯を変えるたびにガーゼとともに皮膚がはがれ、穴は空洞のように広がる惨状でした。子規の心を慰撫(いぶ)したのは、庭に植えた四季折々の花々だったのです。病床から見えるわずかな空間が、寝返りもできなくなっていた子規の世界でした。そのような状況下でも創作に対する意欲は失われず、多くの短歌や俳句を残すと同時に改革に努めました。その精神力に驚かされます。
令和4年4月25日 記
牡丹咲く

今年も牡丹が咲きました。「年々歳々人同じからず、歳々年々花相似たり」と言うように移ろう季節は確実にやってきますが、決して人間世界は同じではありません。限りある命を生きる我々の宿命です。コロナの蔓延もそれを突きつけます。牡丹を見ると下記の作品を思い出します。
牡丹散つてうちかさなりぬニ三片 与謝蕪村
美服して牡丹に媚びる心あり 正岡子規
白牡丹といふといへども 紅(こう)ほのか 高浜虚子
牡丹花は咲き定まりて静かなり花のしめたる位置の確かさ 木下利玄
令和4年4月18日 記
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