老 子

           老 子

 三十の輻(ふく)、一つの轂(こく)を共にす。その無に当たりて、車の用あり。埴(つち)を埏(こ)ねて以(も)って器を為(つく)る。その無に当たりて、器の用あり。戸牖(こゆう)を鑿(うが)ちて以って室(しつ)を為る。その無に当たりて、室の用あり。故(ゆえ)に有の以って利を為すは、無の以って用を為せばなり。

【口語訳】
 車輪というものは三十本の輻(や)が真ん中の轂(こしき)に集まってできている。その轂に車軸を通す穴があいているからこそ車輪としての用をなすのだ。器を作るときには粘土をこねて作る。その器に何もない空間があってこそ、器としての用を為すのだ。戸や窓をくりぬいて、家はできている。その家の何もない空間こそが、家としての用をなしているのだ。だから何かが「有る」ということで、利益が得られるのは、「無い」ということが、陰でその効用を発揮しているからなのだ。
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※「埴を埏ねて以って器を為る。その無に当たりて、器の用あり。戸牖を鑿ちて以って室を為る。その無に当たりて、室の用あり。」とある。茶碗は、お茶を入れる空白の部分があるから大切だ、部屋は空間があるからその用を発揮すると言っている。ともすれば、茶碗の彩色や出来具合に目がいきがちである。また、部屋の空間の大切さなど考えもしない。この文章は、物事の本質はどこにあるのか、ということをしっかり見極めろと言っている。これを読んだ時、「目から鱗」であった。ともすれば、表面的なことに終始して、その本質をいかに見逃していることが多いことか。
 高野佐三郎の著書『剣道』の「また心を残さず廃(す)たり廃たりて撃つことをも残心という。字義より見れば反対なるがごとくなれども実は同一のことを指すなり。心を残さず撃てば心よく残る」を読んだ時も、上述したような気持ちになった。物事の本質は、どこかで関連性があり通底しているものだと感じた。
           平成31年3月20日 記              



           老 子

 我恒(つね)に三宝あり、持してこれを宝とす、一に曰く慈、二に曰く倹、三に曰く敢(あ)えて天下の先たらず。

【口語訳】
「道」には、大切に守っている宝が三つある。一、「慈」人を慈しむこと。二、「倹」物事を控えめにすること。三、人々の先頭に立たないこと。
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※人生は、常に厄介である。しかし、人の尊厳を認めることは大切だ。

               平成28年8月10日 記



           老 子

 知りて知らずとするは尚(しょう)なり。知らずして知れりとするは病(へい)なり。

【口語訳】
 知っていても知ったかぶりをしない。これが望ましい在り方だ。知りもしないのに知ったかぶりをする。これは重大な欠点だ。
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※あまり知ったかぶりをするのは聞き苦しい。さらに、メッキがはげることもある。某新東京都知事が、インタビューに「的を得た」と答えたのには唖然とした。知ったかぶり以前、知らないのである。東京を率いる者があれでは困る。正しくは、「的を射る」である。「的」は「射る」ものである。日本語が乱れている。正しい日本語を使おうではないか。

               平成28年8月5日 記



           老 子

 功(こう)遂げ身退(しりぞ)くは、天の道なり

【口語訳】
功を遂げたら身を引くのが正しい生き方である。
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※権力を手中にするとそれに執着し、老醜を晒し晩節を汚す者が多い。次に続く者に委ねるのも、功を遂げた者の責任である。すべてを放下し、一市井人に戻ればいい。しかし、これができない。暗躍し、いつまでもその影響力を行使しようとする。『史記』にも「四時の序、功を成す者は去る。」とある。

               平成28年8月3日 記



           老 子

 天下に忌諱(きき)多くして、民いよいよ貧し、民に利器多くして、邦家ますます昏(くら)し。人に智慧多くして、奇物ますます起こる、法物ますます章(あき)らかにして、盗賊あること多し。

[口語訳]
 禁令が増えれば増えるほど人民は貧しくなり、技術が進めば進むほど社会は乱れていく。人間の知恵が増せば増すほど不幸な事件が絶えず、法令が整えば整うほど犯罪者が増えていく。
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※あくまでも人の心によるということだろう。「大道(だいどう)廃れて仁義有り、知恵出でて大偽有り。六親(りくしん)和せずして孝慈有り、国家昏乱(こんらん)して忠臣有り。 」と同じように、老子は逆説的に言うことがある。

               平成28年5月26日 記



           老 子

 大成は欠けたるが若(ごと)きも、其の用は弊せず。大盈(たいえい)は沖(むな)しきが若きも、其の用は窮まらず。大直(だいちょく)は屈せるが若く、大巧(だいこう)は拙なるが若く、大弁(たいべん)は訥(とつ)なるが若し。躁なるは寒に勝ち、静なるは熱に勝つ。清静(しょうじょう)なるは天下の正と為る。

[口語訳]
 最も完成したものは、どこかが欠けているようであるが、それを用いても壊れることがない。最も内容が満ちたものは、どこか空虚なように見えるが、その用い方には限界がない。最もまっすぐなものは、曲がっているように見え、最も技巧に優れた人は技巧が劣っているように見え、最も弁舌に優れている人は、話が苦手で言葉が少なく見える。動き回れば寒さに勝ち、静かにしていれば暑さに勝てる。清浄で静謐なものが、天下の首長となるのだ。
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※「大盈は沖しきが若きも、其の用は窮まらず。」この一節から、江戸中期の画家、伊藤若沖の名が付けられた。「雪中雄鶏図」「糸瓜群虫図」「群鶏図」「芍薬群蝶図」などを描いたその画力は、他の追随を許さない。2009年、上野の博物館(皇室の秘宝展)で伊藤若沖の作品を見たが、圧倒的な存在感に感銘を受けた。

 「大弁(たいべん)は訥(とつ)なるが若し」、話が長いのは嫌われ、その上、誰も聞いていない。よくよく肝に銘じなければならない。
               平成28年4月23日 記



           老 子
  希言(きげん)は自然なり

【口語訳】
弁解も宣伝もしない、そういう寡黙さこそ自然のありようである。
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※多弁は良くない。自然の理だ。老子は、「大弁(たいべん)は訥(とつ)なるが若し」とも言っている。

               平成28年3月20日 記



           老 子
    
 天道は親(しん)なし、恒(つね)に善人に与(くみ)す

【口語訳】
天のやり方にはえこひいきはない。いつも善人に味方している。
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※天の有り様こそ、人間の救いである。「お天道様が見ている」という言葉が、一つの律になっていた。

               平成28年3月13日 記



           老 子
    
 柔の剛に勝ち、弱の強に勝つは、天下知らざるなきも、これを能く行なうなし

【口語訳】
 柔は剛に勝ち、弱は強に勝つ。この道理を知らない者はないが、実行している者はいない。
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※まさに柔よく剛を制すだ。強いばかりが、必ずしもよいわけではない。

               平成28年3月12日 記




          老子

その光を和(やわら)げ、その塵に同じうす。

【口語訳】
自分の才能をぎらぎら光らせないようにし、世間の人々と同じように振る舞う。
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※四文字熟語の「和光同塵」の語源である。才能をひけらかさないことの難しさ人間の永遠の課題だろう。
          平成28年1月24日 記



          老子

終りを慎むこと始めの若(ごと)くなれば、則(すなわ)ち敗事(はいじ)なし。
【口語訳】
最終段階でも最初のときのように慎重に事を運べば、失敗することはない。
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※最後まで気を抜かない。案外これができない。「九仞(きゅうじん)の功一簣(いっき)に欠く」である。
          平成28年1月8日 記



           老 子

 学を為(おさ)むる者は日に益(ま)し、道を聞く者は日に損す、これを損してまた損し、以(も)って無為に至る、無為なれば則ち為(な)さざるなし。

 【口語訳】
 学問を修めるものは日ごと知識を増やしていくが、「道」を修めるものは日ごとに減らしていく。減らしに減らしていったその果てに、無為の境地に到達する。そこまで到達すれば、どんなことでもできないことはない。
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※何事もいかに捨てられるかである。剣道も無駄な動きを排して、相手を遣いたいものだ。
          平成27年12月30日 記



           老 子
 
含徳(がんとく)の厚きは、赤子(あかし)に比す

【口語訳】
深い徳を秘めた人物は、赤ん坊のようなものだ。
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※赤子は何の思惑ももたないから、まさに「徳」そのものである。その赤子の口を塞いで何人も殺す鬼畜のような人がいる。動物にも劣る所業だ。

                    平成27年7月18日 記



           老 子

 天下に水より柔弱なるはなし、而(しか)して堅強を攻むるはこれによく先んずるはなし

【口語訳】
 この世の中で水ほど弱いものはない。そのくせ、強い者に打ち勝つこと、水に勝るものはない。
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※水は低きに流れ、しかも巌も穿(うが)つ。弱いと思って侮ってはならない。これは、世の常である。

                   平成27年6月12日 記



           老 子

跂(つまだ)つ者は立たず、自ら矜(ほこ)る者は長からず

【口語訳】
 背伸びして爪先で立とうとすれば、かえって足元が定まらない。自分の功績を鼻にかければ、かえって足を引っ張られる。
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何事も謙虚な態度が大切である。そして、己を誇大に評価して、ひけらかさいことである。人の自慢は、聞き苦しい。
                   平成27年6月10日 記



           老 子

   軽諾(けいだく)は必ず信(しん)寡(すくな)し。 
【口語訳】
 軽々しく承諾するすることは、誠実さが足りないと思われる。
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※その場の雰囲気や一時的な感情に流され、安易に判断してしまうことを戒めている。軽々に判断すると実行できず、自分自身を苦しめることにもなりかねない
かといって優柔不断では、将たる者の資格に劣る。適宜判断することも忘れたくない。
                   平成27年4月11日 記



           老 子

 甚だ愛すれば必ず大いに費(つい)え、多く蔵すれば必ず厚く亡う。故に、足るを知れば辱(はずかし)められず、止まるを知れば殆(あや)うからず。

【口語訳】
 地位に執着すれば、必ず命をすり減らす。財産を蓄えすぎれば、必ずごっそり失ってしまう。足ることを知っていれば、辱めを受けない。止まることを心得ていれば、危険はない。
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※執着が強すぎると、心の安定を失い苦しくなる。何事も中庸が大切だ。

                    平成27年4月7日 記



           老 子

 大怨(たいおん)を和すれば、必ず余怨(よえん)あり、焉(いずく)んぞ以って善となすべけんや

【口語訳】
 大きな怨みを買えば、たとえ和解したとしても、必ずしこりが残る。人の怨みを買うのは賢明な処世ではない。
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※相手の人格を認めることは、とても大切だ。結局、「情けは人のためならず」で自分自身に返ってくる。

                    平成27年4月5日 記



           老 子

  上善は水の如し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に居る。

【口語訳】
 最も理想的な生き方は水のようなものである。水は万物に恩恵を与えながら相手に逆らわず、人のいやがる低い所へと流れていく。
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※「水は方円の器に随う」というように非常に柔軟である。しかも、嫌なことを積極的に行い、岩をも穿(うが)ち、相手を利することだけ考えている。まさに、人間の対極にある。
見習うべきものである。 
                  平成27年4月4日 記



           老 子
 
知る者は言わず、言う者は知らず。

【口語訳】
 「道」を体得している人物は、知識をひけらかさない。知識をひけらかすような人物は、「道」を体得しているとは言えない。
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※知識をひけらかす人は嫌な感じを与える。何事においても控えめが肝心か。

                平成27年3月28日 記



           老 子

  太上(たいじょう)は下(しも)これあるを知るのみ、その次は親しみてこれを誉(ほ)む、その次はこれを畏(おそ)る、その次はこれを侮(あな)どる。

【口語訳】
 最も理想的な指導者は、部下から存在することさえ意識されない。部下から敬愛される指導者は、それよりも一段劣る。これよりさらに劣るのは、部下から恐れられる指導者である。最低なのは、部下からバカにされる指導者だ。
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※上に立つ者は、よくよく心掛けなければならない。

                平成27年3月27日 記



           老 子

 大道(だいどう)廃れて仁義有り、知恵出でて大偽有り。六親(りくしん)和せずして孝慈有り、国家昏乱(こんらん)して忠臣有り。

【口語訳】
 「道」が廃れて仁義の概念が生まれ、知恵が現れてそれによる偽りが生じる。父子・兄弟・夫婦の仲が悪いために親孝行・子への慈愛という概念が生まれ、国家が衰え混乱して忠臣の概念が生まれる。
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※老子は、古代中国の哲学者であり、道教創案の中心人物。物事を逆説的に捉えて論を展開している。
 徒然草38段「しひて、智を求め、賢を願ふ人のためにいはば、智恵出でては偽あり。」の一節は、この老子の「知恵出でて大偽有り。」を引用している。日本文学にも大きな影響を与えた。
            平成27年1月28日 記



           老子

人を知る者は智なり,自ら知る者は明なり。

   【口語訳】
人を知る者は、せいぜい智者のレベルにすぎない。自分を知る者こそ、明知の人である。
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※自分というものを真に理解することは、なんと困難なことか。自分を卑下したり、高く見積もったりと様々である。

                平成27年1月27日 記