現実の砥石(げんじつのといし)
小熊 秀雄(おぐま ひでお)
君よ、早く材木屋に
行つてきてくれ
何しに、材木を買ひにさ、
それで座敷牢を建てるんだ
誰のために
君が入るためにではない
自由といふ我儘者が入るためにだ
執念ぶかい貧乏と
たたかひながら生活してゐると
自由の騎士は気が益々荒くなる、
飯は喰へず
いたづらに詩が出来るばかりだ
私の野放図な馬鹿笑ひは
肥えた方々の機嫌を損ずる
現実は砥石さ、
反逆心は研(と)がれるばかりさ、
かゝる社会の
かゝる状態に於ける
かゝる階級は
総じて長生きをしたがるものだ、
始末にをへない存在は
自由の意志だ、
手を切られたら足で書かうさ
足を切られたら口で書かうさ
口をふさがれたら
尻の穴で歌はうよ。
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※ 小熊は1940年の晩秋、39歳でその生涯を閉じた。当時、不治の病と言われた肺結核であった。晩年の彼について「紙のように軽く透けていた」と友人が記載している。貧しさの中で日々衰弱していき、戦時下の体制はそれに追い打ちをかけていた。
そのような中でもこのようなこの詩を残し、厳しい現実にも心折れぬ精神を詠っている。「現実は反逆心を研ぐ石だ」という。今、世界各地で言論や行動の自由が統制されている。コロナがそれに追い打ちをかけている。香港の問題、ミヤンマーの弾圧など枚挙に暇がない。自由は獲得するのは困難だが、手放すのは簡単だ。為政者は常にそれを奪おうとする。戦時下の日本も例外ではなかった。現実を直視しなければならない。
令和3年6月29日 記